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「前から好きでした。付き合ってください」
週末も近い木曜日。
誰よりも早く会社を出たはずなのに、駅に向かう途中にある小さな公園で、僕は後輩の女の子に待ち伏せされた。
心の中でため息をつく僕の目の前には、うつむいた彼女の姿がある。
確か名前は、石田幸。
顔は可愛い。性格も優しくていいコだと思う。
でも。
女の子と付き合うのは無理なんだ。
…僕は、ゲイだから。
だけど、その理由を言葉にして断るわけにはいかなくて、僕は何て答えたらいいのか途方に暮れていた。
ただ、無言でいることで彼女がつらくなるだろうことは、さすがの僕にもわかった。ともかく何か話をと口を開きかけた時だった。
「あれ。忍くん」
いきなり男性の声で名前を呼ばれてぎょっとする。
石田さんも顔を上げた。
声をかけてきたのは会社の先輩の佐倉さんだった。
「幸ちゃんも。何してんの、こんなとこで」
「あー、いや、ちょっと…、ね?」
何が「ね?」だかわからないが、僕が相づちを求めようと石田さんに振ると、彼女は顔を赤くしてまたうつ向いてしまった。
話がややこしくならなきゃいいけど…
佐倉さんは…、気さくな人だ。
僕としてはこれは精一杯の褒め言葉である。
男女問わず下の名前で呼び、よく皆で飲みに行ったりしている。
だけど、ちょっとチャラいというか、強引というか、僕としては放って置いて欲しいことにも首を突っ込んでくる。
会社で休憩時間に少し話すだけならいいけど、友達にはなれそうもないタイプの人だった。
「ああ、もしかして。俺が邪魔しちゃったかな」
佐倉さんがにこっと笑ったので、僕は身構えた。皆にバラさないでよね。
「そ、そんなことは…」
「そうですっ」
おろおろする僕を石田さんが遮った。
「だから、佐倉さんは先に帰っててくださいっ」
頬を染めながらも、石田さんはきっぱりと口にした。
恐るべし。土壇場の開き直りパワー。
こう見えてもそれなりに気遣いも出来るし、優しい人でもある佐倉さんは、大人しく撤収するかと思われた。
が。
「いや。悪いけど、それは出来ないな」
「は?」
何を言い出すんだ、この人は。
あ。もしかして、石田さんのことを…?
「じゃあ、佐倉さんがいてください。僕は先に…」
「先輩は帰らないでくださいっ」
石田さんが必死に呼びかける。
どうしていいのかわからない。
また振り出しに戻ってしまって、僕がため息をつくと、その肩を佐倉さんがぐいっと引き寄せた。
呆気に取られていると、佐倉さんが言った。
「このコは俺のだから。手を出しちゃダメ」
「な…」
佐倉さんは僕を腕の中に抱きしめて、石田さんと対峙した。彼女も僕と同じくらい驚いた顔になっている。
え、え、え。聞いてないんですけど。
て言うか申し訳ない。
タイプじゃないんですけどー!
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