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「ハッキリ言って見る目がないよ、君は。あいつこそ誰彼構わずって奴だろ」
「ほっといてくださいよっ」
『お前、重いんだよ。いい加減うぜーわ』
そう言った時の、潤の冷たい瞳が浮かんでくる。
2ヶ月経って、やっと記憶が薄れてきたのに。
また蒸し返さないでよ。
「あいつに君はもったいない」
「カラダだけの関係、ですよ…」
取り繕うように僕は呟いた。
「君には似合わない。そんなこと言うな」
「そういう約束だったんですよ。のめり込んだ僕が馬鹿でした。それに、だからって佐倉さんと…」
佐倉さんは不意に僕を壁際に押しやった。
「な、何ですか」
「俺にしとけよ。絶対後悔させないから」
あの時の僕は間違いなくどうかしてた。
佐倉さんがちょっとカッコよく見えたんだ。
壁についた彼の節くれだった手も、伸びかけの無精髭も、顔にかかる息の煙草の匂いでさえも。
それくらい佐倉さんの瞳は真剣だった。
結局、僕は佐倉さんと「契約」を交わした。
何だか潤のことをカタに付き合うことになったような気もするけど、出来るだけ傷つけずに石田さんに諦めて欲しいのはあったから。
それに…
彼も悪い人じゃ ないんだよね…
「ゲイでもないのに、わざわざ大変な思いしなくてもいいじゃないですか」
「言っただろ。好きになったら関係ないって」
僕がゲイを自覚した頃よりも、世の中では多様性が謳われるようになった。
この会社みたいに寛容な人たちも増えてるし、同性パートナーを持つための法整備も少しずつされてきてる。
「でも、法案が可決されたって、それが僕らを本当に救ってくれる訳じゃないし。例えそうだとしても、いつになるか…」
「時代の流れやニーズに沿って、世の中のスタンダードが変わるのはいいことだと思うよ。ただ、それには時間がかかる。そんなものに頼らなくても、自分たちで幸せになればいいだろ」
それは、佐倉さんがストレートだから、そんな簡単に言えることであって。
「…何でそんなにポジティブなんですか」
「自分の人生だろ? 自分がまず楽しまなきゃ。何で君はネガティブなんだよ?」
「僕は、あなたとは違いますから…」
図星を指された悔しさと彼のまっすぐな瞳に、僕は頬が熱くなって、思わずその場から立ち去ってしまった。
人の気も知らないで
契約なんて早まったかもしれないな…
人生で一番もやもやした週末だった。
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