打ち上げ話

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                 2 「この話は僕が五年前に出会った女性から聞いた話に少し脚色を加えただけなんだ」  私たちは今、ある場所に向かう途中の新幹線の中にいる。そこで先生は『打ち明け話』を書くに至った経緯を教えてくれた。  架空の物語として出版された『打ち明け話』は公表されていないが、十年前に起こったある連続殺人事件をモチーフにして書き起こされたらしい。私は恥ずかしながら、ある地方で起きたその凄惨な事件を知りもしなかった。  殺害されたのはある初老の女性と、ある一家の母と、帰宅途中の男子高校生。この事件の注目を集めた点はあらゆる点において共通点が一つもないと言うことだった。三人の被害者と犯人との関係性もなければ、被害者三人同士の関係性もない。おまけに三つの死体はそれぞれ別の殺害方法だった。刺殺と絞殺と撲殺。  警察の捜査はこれらが同一の人物による犯行だというというところまでは突き止めたが、それから立ち止まってしまい結局犯人が捕まることはなかった。 「それで、先生が五年前に出会ったその女性っていうのがその事件を詳しく知る人物だったと」 「具体的にはその女性は一連の事件で浮かび上がった三人の容疑者を僕に話してくれたんだ」  先生はその女性から断片的に聞いた話と、実際に起きた事件をかけさせて小説に仕上げた。自分の頭の中で殺害された三人に架空の共通点を見いだし、架空の犯人を作りだて殺人の動機を与えた。  三人を殺した犯人の目線で描かれている『打ち明け話』は、頻繁にグロテスクな描写が登場する。殺害方法に関して異常なこだわりをもつ殺人犯は被害者を三人をゆっくりと時間をかけて殺すのだ。  それはフィクション作品としてなら成立するだろう。あくまでも架空の話なのだ。いくら先生が残酷に脚色してもなんの問題も起こらない。  しかしノンフィクションだった場合、その脚色は突然見方を変えてしまう。鳥肌が立つような残酷な描写や被害者の悲痛な叫びは、不謹慎なものとして捉えられる可能性が高い。 「別に事件をそのまま書いたわけじゃないんだ。実際、『打明け話』とその事件を関連付けている読者はいないだろうわけだろう?」 「その女性には事件のパクリだとバレて公表されかけてる訳ですけどね」 「パクりではない。オマージュと言いたまえ」 「オマージュって、連続殺人事件をリスペクトしてどうするんですか……」私は呆れて先生を見ながら言う。「それで……先生はその女性が一連の事件の犯人だと思いますか?」  以前未解決の事件の公になっていない部分を詳しく知っているその女性は、なんらかの関与があるとみて間違いない。当事者であると自称し、先生が執筆した『打明け話』を回収したがっているというのは、今も逃げ続けている犯人以外という以外考えられないのではないだろうか……。 「可能性としては考えられるが、手紙には事件の当事者としか書いていない。当事者=犯人ではないよ」そう言って、先生は窓枠に肘をつきながら高速で通り過ぎていく景色を眺める体勢をとる。「それにこの女は僕が要求に従わない場合、『打明け話』は事実だと世間に公表すると言っている。仮にこの女が犯人だった場合、自ら罪を認めるようなことはしないだろう。せっかく犯人は三人を殺した今も悠々と逃げおおせているのだからな」  確かに先生のいうことはもっともだ。その女性が殺人鬼だという根拠は何一つない。でもその可能性が捨てきれないのも事実。 「それにしても、殺人鬼かもしれない人物に二人で会いに行くなんて正気じゃないですよ。ほんと」 「いいかい。内海君。物語をよりよくするのはリアリティーなんだ。太陽の光の下で殺人鬼かもしれない相手と会話出来る機会なんてそうそうない。これはチャンスなんだ」  珍しく興奮した様子でそう言う先生に、私はため息をつく。  でもそれは私が先生の担当編集者になった時点で覚悟していたことではあった。
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