打ち上げ話

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                 4  目の前に座る担当編集者は読み終えた原稿を机の上に置くと、素行不良の生徒を抱えることになった中学校の教師のように考え込むような仕草を作った。 「ねえ、先生。あなた、正気ですか?」 「なにを言っているんだ。海内君。僕は正気も正気だとも。これが僕の次回作の冒頭になるものだ」 「ダメに決まってるでしょ。こんなの」 「何故だい?」 「何故って……、これってつい先日私たちに起きたそのままのことじゃないんですか!」  憤慨する担当編集者はテーブルから身を乗り出し、顔を真っ赤にして僕のことを睨み付けている。  僕は顔の近い担当編集者をあしらうように手を振ってから言った。 「前に言っただろう。作品をよりよくするのはリアリティーだ。それがより僕の近くで起これば起こるほど、僕は作品に命を吹き込むことが出来る」 「そう簡単に亡くなった人の事を書くべきじゃないと思います。先生はもっと死者を偲ぶべきです」 「そうだなぁ。タイトルは『打ち上げ話』といったところかな」 「ダメと言ったら、ダメです」 「でも、海内君。続きが気になるだろう?」  僕が囁くようにいうと、彼女は図星を突かれたように身体をビクリと震わせた。 「僕たちの物語はあれから彼女が死んでしまった時点で止まってしまっている。実際はその続きの話なんて存在しない。でも、僕の頭の中にはあるんだよ。その中で今も死者は生き継いでいるんだ」  目の前に座る僕の担当編集者は苦悩するように頭を抱えている。多分、上から叱られたばかりなのだろう。  でも、彼女は僕の要求を断ることができない。だって、彼女は僕の一番のファンなのだから。 「……完成原稿を見てアウトだったら出版はしませんからね」 「じゃあ、これからもよろしく頼むよ。海内君」  僕はソファから立ち上がり、大きなため息を吐き出す従順な担当編集者を横目で見ながら部屋を後にする。  さて、これからこの話をどう彩って行くべきだろうか。もうすでにパーツは揃っている。着地点も見えている。あとは形を整え、小綺麗な言葉を並べればいい。簡単なことだ。    少なくとも、これまでの自分を超える過去最高の作品に仕上げなくては。  でなければ、四人の尊き命を奪った意味がない。
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