これからもよろしく

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 夕陽が教室を紅く燃やす。  たった二人。緊張にぎゅっと拳を握り締める少年。窓にもたれて可笑しそうな少女。 「もう俺が何をしようとしてるかなんて、バレバレなんだろうけど……」 「それでも女の子は口に出して言ってほしいものよ?」  からかうようなその口調に渋い顔して少年は口篭った。 「見た目のわりに純情なのね」  少女は少年の髪を指して笑う。短く切った髪を明るい茶色に染め、耳にはピアス。見た目は遊んでいるような少年だが、その中身は純情そのもののようだった。 「お、俺は……お前の事が……」  少年は一度そこで言葉を切った。ギュっと拳を握る。そして大きく息を吸い込む。 「お前の事が――」  電車に揺られる女性は羨ましそうに目の前のふたりを眺めていた。  茶髪の少年が必死に少女を笑わそうと頑張り、少女もそれを分かっているのか少年をからかうような口調で返している。おそらく付き合い立てなのだろうそのもどかしくも初々しい距離感は、今の女性にとっては少し眩しすぎるものだった。 「ほら、行くわよ」  少女はさっと何気ない仕草で少年の手を掴み、電車を降りて行く。少年のほうは顔を赤くして、それでもどこか嬉しそうに少女の後を付いていった。どこか子犬を彷彿とさせる少年の雰囲気に笑みを零し、そして隣へ目を向け溜息を零した。あの初々しい可愛らしさに比べて、自分の恋人ときたらどうだろう、と。 「私から積極的になればいいのかなぁ……」  青年はすっかり眠りに落ちていて、さっきのカップルのように仲良く話すなんてこともできない。 「優しいのは分かってるんだけど……」  優しさだけでは物足りないと、たまにはカップルっぽいことをしてほしいと、そんな風に思ってしまうのは我儘だろうか。付き合いも2年を越えると扱いが少々雑になってきたような気もする。 「好きって言われたの、どれくらい前になるんだろうな」  不満そうに青年を一睨みし、すぐに溜息をついた。しかしそれはどこか楽しそうでもある。 「気づけ、バカ。寂しいんだぞ……」  女性は眠る青年の肩に自分の頭をのせると、静かに眼を瞑った。 「私にもこんな時期があったはずなんだけどな」  男性は苦笑しながら、目の前の座席で眠るカップルを眺めた。お互いにぴったりと寄り添い、眠る姿は見ている男性のほうが恥ずかしくなった。 「私なんか、碌に会話すら出来てないもんな……」  最近は仕事が忙しく、夜遅くに帰り、朝早くに出て行くような生活。まともな会話など、最後にしたのはいつだったろうか。 「時間が無いってのは言い訳だよな……」  妻は甲斐甲斐しくも男性に合わせてくれていた。  朝の食事の時間。  いってらっしゃいと見送ってくれる時間。  夜眠りに落ちるまでの時間。  その気になれば、会話する程度の時間など、いくらでも見つかるだろう。 「たまには……言葉にしてみるのも良いのかもしれないな」  日頃の感謝と、普段は言えない思いを篭めて。  男性は携帯を取り出すと、面と向かっては言えない言葉を連ねていった。  面と向かっては素直になれない少女は恥ずかしそうに携帯を見つめ、そして意を決したように送信を押す。  人の好い青年は優しい微笑を浮かべながら、眠る女性を起こさないようにそっと囁く。  甲斐甲斐しい妻は帰ってきた旦那を見るなりぎゅっと抱きついて、嬉しそうに話す。    それぞれが、それぞれの想いを。相手の想いに応えるために。 「「「大好きだよ」」」  そしてまた、誰かが幸せを紡いでいく。
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