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１-２ スカウト
「演劇、ですか……？」
「はい」
きゅ、急にどうしてそんなことを訊くんだろう……。
もしかして何かの舞台のチケットをくれるとかかな。行こうと思ってたけれど、用事が出来ちゃったから、通りすがりの声を掛けやすい私に……的な？
と、とにかく待たせたら悪いし、早く返事をしないと。
そう切り替えて、私は男性に視線を戻す。
でも男性の瞳が、まるで全てを見透かすかのように真っ直ぐ私を捉えていたから、思わず言葉よりも先に胸の前で手を握っていた。
「ああすみません。そういうんじゃないです」
「え？ あ、あの？」
男性はズボンの後ろポケットからスマートフォンを取り出すと、画面に触れて何かのアプリを起動させた。
「名刺を持っていないので、これで理解してもらえば」
「は、はい。失礼します……」
見せてくれたのはSNSのプロフィール画面。男性本人のもののようだ。
「この作品は女性向けのブラウザゲームのものなんですが、ご存じでしょうか？ こっちはアニメ化もされている少年漫画の……」
男性がスクロールして見せてくれる写真には、アニメキャラクターを投影したようなメイクと衣装を身に纏う人たちが並ぶ。
「え、えっと……？」
「私はこのような二次元作品を舞台化する演出家なんです」
「えっ」
唐突な打ち明けに、私はまた言葉を失ってしまった。
絶対と言っていいほど、自分とは無縁の世界の人が目の前にいる。そんな人と私は今、なぜこうして話をしているのだろう。
混乱して目が泳いでいた。その視線が再びスマートフォンへと落ちると、私はハッとする。
写真の中で微笑む、一人の顔に見覚えがあった。男性が見せてくれた格好をするような人たちにも。
私は点と点が線に繋がる楽しみと、頭に浮かんだ答えが正解だったらという恐れに似た緊張感で胸を震わせながら、失礼かなと思って見ないようにしていたアイコンの下にある男性の名前を確認した。
「あのっ、こ、これ！」
脳の回路結合が行われた私は、ついそこで読んでいた漫画をショッパーから取り出して男性に見せた。
「あ、あなたはっ、市杵さんは、この漫画の舞台化も手掛けておられましたよね？ 私その、観に行っていて……存じています！」
「そうですか。ありがとうございます。なら、話は早いですね」
「へ？」
「君は自分自身が思っているよりも人の関心を惹く。私だけでなく、きっと彼らもそうでしょう」
そう言って市杵さんは、私がさっきまで過ごしていたカフェに目をやる。
「そこでその少年漫画を読んでいたのは、純粋に好きだからというだけではないですよね？ いずれは乗り越えてもらわないといけませんが、そういう繊細な心が私の欲している部分なのかもしれません」
責められているわけでもないのに、市杵さんの眼差しと言葉が鋭利に感じて、私は少しだけ不安な気持ちになった。
「質問を変えます。君は“もし自分が男性を演じるなら……”と、そんな風に考えたことはありますか？」
「い、いいえないですっ」
「では、そのクリアな感性で演じてみてください。単刀直入に言います」
もう完全に市杵さんのペースだった。
「私が手掛ける次の舞台の男性役を、ぜひ君に演じて欲しいのです」
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