0‐4私は女の子

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0‐4私は女の子

 二年生になった。  お昼休みになると、相変わらず私はチャイムが鳴るまで一人ぼっちだ。  雨が降っていない時は校庭に出る決まりなので、昇降口から一番遠くて、遊具の中で一番不人気の雲梯(うんてい)で、私は毎日時間を潰していた。まるで地縛霊である。 「すごいじゃん」 「……え。あ、流星くんだ」 「う、うん!」  同じ園の子だった。茶色の大きな瞳を真ん丸にして驚いている。  驚いているって、いやいや。どちらかといえば私がする反応だよと思った。だってすごいっていっても、私、棒2つ分しか出来ていない……。  私は小首を傾げて、なんでそんな風に言ったのだろうかと考えてみた。  もしかして同じ園の子は、全く出来ないとかかな。それとも――と、あれやこれやとすっからかんの頭を働かせていくけれど、どれもピンと来ない。  確か同じ園の子は、運動神経が良かった。リレーの選手になれるくらい足も速かった。だからこれくらいお茶の子さいさいだろう。  私は自分に小さくため息を吐きながら、同じ園の子に視線を戻した。  同じ園の子はまた大きく目を見開かせて、それからはにかんだように笑うと、ちょっと見ててと言って雲梯の棒を2つ飛ばしで渡り始めた。  すいすい、すいすい。園にあったものよりも背が高くて距離もあるというのに、あっという間に向こう側までこなしてしまった。  すごいなぁと感心していると、同じ園の子は棒から手を放し、体操選手のようにひらりと上手に着地をしたので、私は拍手をして讃えた。  またはにかむ同じ園の子を眺めながら、そっか、この子は照れ屋さんだ。そう把握した。  私は手持ち無沙汰になり、視線を空へと持っていく。  空を見ることは好きだ。誰もいないし、何も気を遣わなくていいから心が落ち着く。  お留守番も一人だけれど、それとはまた違うのだ。だって空は、生きているみたいに感じる。黙ったままでも、心の中で会話が出来るから楽しい。どんなに他愛もない話でも受け入れてくれるし、感情が翼を持って羽ばたいたとしても自由にさせてくれるから。  空は私にとって、大切な安定剤なのだ。 「空眺めてるの? あ、見て! あそこに飛行機いるよ!」 「え? あぁ、うん……」  別にここにいなくてもいいよと、言ってあげた方がいいのだろうか?  同じ園の子はなぜかここを離れないので、私が喋り出すのを待っているのかもしれないと思った。それはあながち間違っていなさそうである。さっき彼を呼んだだけで驚いていたのは、無口な私が喋った所為だとすれば納得がいくし。 「流星くんって何座?」  少し捻って訊いてみたつもりだけれど、唐突な質問だったようだ。同じ園の子はなんだか戸惑っている様子に見えたけれど答えてくれた。 「オレは乙女座だよ。こ、琴美ちゃんは——」 「乙女座⁉」 「へ? う、うん」  男の子なのに乙女座なんだ。男の子なのに乙女座になれるんだ。なんかいい。 「へ~すごくいいねっ、乙女座!」 「えっ……ああそっか、もしかして星占い? 好きなの?」 「星占い? 占い……うん、好きだよ。あと恐竜の骨とか地層とかも好きだよ!」 「本当⁉ オレも好きなんだ! 博物館とか行ったことある? すごい迫力だよね」 「博物館かぁ。いいなぁ。お出かけはお父さんたちがどこに行くか決めるから、まだ行ったことないんだ。でもテレビでなら観たことあるよ。それで感動したの!」 「ああうんっ、テレビも面白いよね! じゃあさ、もっと大きくなったら一緒に行こっか、博物館。ねっ、約束!」  そう指切りげんまんのポーズをして微笑む流星くんに、私は嬉しさで胸がいっぱいになった。  幼馴染みの信彦くんのようだとも思った。  けれど私が、わくわくしながら小指を結ぼうとした時。 「二人で何してるの?」  そんな乾いた声が耳と胸に響いた。私は伸ばしていた手を止めた。  振り向くと、そこには女の子が三人いた。  今の声はきっと、真ん中のゆあちゃんだろう。右がちなちゃんで、左がともこちゃんだ。  あとその後ろに、息を切らした幼馴染みもいた。何をしに来たのだろう。吹き出た汗で、おでこに前髪が張り付いている。 「ちょっと見て。ちなちゃん、ともこちゃん。あの子いつも笑わないのに、男子の前で態度変えてるよ? しかも、もう次のターゲット見つけてるし!」  そう言ってゆあちゃんは、アニメに出てくる名探偵のように幼馴染みを指差すと、私を見て男好きなんだねと顔を歪ませた。  そんな顔をさせたくて話していたんじゃないんだよと思いながら、私は必死に首を横に振った。けれど信じてもらえない。  どうしよう。私は今、カメレオンになることをやめていた。  つい嬉しくて、忘れて、素のままで話してしまっていた。  しかも相手は男の子で、私は女の子だったのに。  同じ園の男の子は色々言ってくれていたけれど、みんなの前で笑うのはもうやめようと思った。  歪んだ顔を見るのは、両親だけで十分なのだから。
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