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0‐6バスケットボールみたいに
流星くんが持ってきたバスケットボールで遊ぶことになった。
壁に円を描いてゴールにしたいからと言うので、私は去年まで幼馴染みの男の子と遊んでいたある場所へと案内した。
そこは昔、海外の人が多く働いている会社があったとかで、広々とした駐車場が設けられたところだった。
だからドリブルをするのには最適であるし、既に誰かのお絵描きがしてある大きな壁もあった。
このお絵描きは流星くん曰く、スプレーアートというそうだ。
私は挑戦的に舌を出す大きな唇の絵が好きではなくて、ここに来た時はあまり壁側を見ないようにしていた。
う~ん。こうして久々に見ても、やっぱり好きじゃない。
でもなぜだか妙に気になってしまうのも事実で、それがなんでなのかと考えてみると、難癖をつけているからだということに気が付いた。周りに描かれたFから始まってKで終わる英語の意味はわからないけれど、私だったらもう少し縁取りを狭く取って、文字の色を強調出来るようにするのになとかなんとか、うるさく批評していたのだ。
なんてこった。他人の芸術に対して、自分の価値観を押し付けていたとは。
けれど結局唇の絵が怖くて、おずおずと踵を返すのが毎回のオチなのである。
「なんか不気味だね、この絵」
私が首を縦に振って何度も頷くと、流星くんはじゃあと笑って、スプレーアートとは反対側の地面に、拾ってきた石ころや木の枝などを並べ始めた。
コントロールの練習をするということだった。
「あ! 当たった!」
「やったね! 上手い上手い! すごいじゃん!」
いや、すごくはない。10回以上投げて、やっと今1回成功したところである。
それに比べて流星くんは、なんと成功率、100パーセントだった。
すごいじゃん、か。なんか可笑しい。
身に覚えがあるような体験をすることを既視感と呼ぶらしいのだが、まさに今がその時だと思った。
だって雲梯の時と、状況が全く一緒だ。
「琴美ちゃん?」
つい私はケラケラと笑ってしまう。
「ごめん、なんでもない。ただ流星くんって、本当に優しいなって思って」
「えっ。そ、そうかな?」
「うん。もう覚えてないと思うけど、雲梯の時もそうだったんだよ? 全然出来てない私のことをすごいって褒めてくれた」
「え……あっ」
ははっと赤面して笑う流星くんに、私の心は陽だまりのように温かくなった。
ずっと照れ屋さんのままでいてくれて嬉しかった。
「流星くんって、投げる姿勢が綺麗だね」
「そ、そう?」
「うん」
私たちはそんな感じにたわいなくお喋りをしながら、再び代わり番こでボールを投げ合った。
そして私がさあ次こそはと、もう一投しようと構えた時。
「あ……」
バスケットボールという球体は、よく弾むくせにずしりと重たい。
やる気とは裏腹にへとへとになっていた私は、頭の上で構えていた手からボールを滑らせてしまったのだった。
「よっと……大丈夫?」
「あ、うん。ありがとう」
流星くんはボールと一緒に、私の背中をやすやすと受け止めた。
やっぱり男の子なんだなと、仕方がないことなのに私はいちいち寂しさを覚えた。
流星くんとの身長差は、まだそこまであるわけではないけれど、いずれ私なんてこの身体にたやすく隠れてしまうのだろう。
声も低くなって、髭も生えて。あっという間に見知らぬ男の人みたいになって。
そうしたらもう、それこそだ。
こんな風に遊ぶなんてことはきっと誰にも認めてもらえないし、してもらえなくなるのだろう。
あ。そういうことか。幼馴染みの男の子が私と遊んでくれなくなった理由は、これなのかもしれない。
なら私が想像していたよりも早く、男の子たちにも女の子のような変化が起こり始めていくということか。そうか、もうか。
幼馴染みの男の子も、そうなのかな。
私を、別物だと感じてしまっているのかな。
でも、そうだよな。私だって幼馴染みの男の子と話さないようにしているのは、つまりそういう目で区別しているからなんだ。
けれど、やっぱりそれとは違う。私のは、そうじゃないんだ。
私は歪む顔を見るのが怖くて意識せざるを得ないだけ。
変化じゃない。女の子も男の子もみんな一緒だと思ってる。
緩やかに曲線を作る胸に、バスケットボールの重みに似た、ずんと沈むような痛みが走った。
ずっと成長なんてしなければいいのになという思いと、早く柵から解放されたいという自立願望が、私の中に混在していた。
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