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僕がアルバイトをしている小さな書店に、佳倉さんが入ってくる。
閉店間際の時間で、他のお客さんは少ない。
佳倉さんはご年配と言っても良いような年齢の女性で、書店の常連である。
一番の特徴はその身なりで、いつも手の込んでいそうな、可愛らしい格好をしている。今日はミモレ丈のくすんだ緑色のスカートに、袖の膨らんだ白のカーディガン、そしてベージュの、短いブリムの帽子という格好だ。胸にはちんまりした猫型のブローチをつけている。おばちゃんと呼ぶには落ち着いた雰囲気で、おばあちゃんと呼ぶには生気に満ちている、とにかく、佳倉さんなのだった。佳倉さんはまた話の面白い人でもあり、僕を含めた店員は皆、来店を楽しみにしていた。
定期購読している雑誌と、取り置きの少女漫画と、僕のよく知らない画家の画集の会計が済んだあと、レジの中にいる僕から声をかけた。
「その帽子、可愛いですね」
佳倉さんは帽子に手をやって微笑み、ちら、と後ろに他の客が来ていないことを確かめてから、僕に向き直った。
「ありがとう、和紘君にそう言って貰うために頑張っておしゃれしているの」
「またまた。でも佳倉さんの格好は本当にいつも素敵です」
「夫が逝ってしまって子供もいないからね、話し相手がいないとどんどん元気がなくなっちゃうの。元々おしゃれは好きだけどね、和紘君みたいに服を褒めてくれる人がいることも、私には大事なことなのよ」
「いつでも話しかけてください。この時間はいつも人が少ないから、店長も許してくれると思いますし」
佳倉さんは目を細めてうふふと笑う。
「和紘君は紳士ね。学校じゃモテるでしょう」
「そんなことないです。あまり口数の多い方ではないですし」
「そうかしら。恋愛には興味ないの?」
自分の恋愛事情なんかをお客さんに話すものではないかもしれないが、佳倉さんならいいか、と思えてしまう。
「ないことはないんですけど、片思い中で」
「あら」
「同じ学校の人でよく喋るんですけど、向こう側は恋愛とか興味なさそうで」
「デートとか誘ってみたの?」
「ちょっと勇気が出なくて」
「和紘君なら大丈夫だと思うけどなぁ。悔いは残さない方がいいわ」
そう言うと、胸の辺りでグッと拳を握って僕に頷いた。
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