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冷房の効いた大学図書館内のコミュニケーションスペースに、中原さんがやってくる。
この時間は二人とも講義がなく、僕であれば一度家に帰ってのんびりすることが多いのだが、今日は二人で集合している。
「さっそくやろうか」
「なんかごめんね。授業聞いてるだけなら面白いんだけど、レポートを書けって言われても全然わからないの」
「任せて。僕もよく分かってないけど、情熱だけはあるから」
『植物の世界史』のレポートについて書き方に困っていると言う中原さんの話を聞いて、よければ相談しなから一緒に進めないか、と中原さんを誘ったのだ。この講義であれば力になれる自信もあった。講義室以外で中原さんと話せる機会は少なかったので、緊張はするが、同時に楽しみにしていた。
順調にレポート作成は進み、完成も近くなると、中原さんは呟くように言った。
「裸子植物と被子植物で時代が違うっていうのは知ってたけど、動物の歴史ともこんなに繋がってるなんて面白いね」
「被子植物は虫とかのおかげで多様化できて、またそのおかげで、動物も多様化する、みたいなね。」
いつもだったらこのくらいで無難に返答を終わらせるのだが、珍しく中原さんの個人的な感想を聞けた気がして嬉しくなった僕は、さらに続けた。
「僕は、花だったらマーガレットとかペチュニアとかが好きなんだけど、花の方は自分を綺麗に見せたいなんて多分思ってないんだよね。あくまで虫に対して蜜があることをアピールしたいだけで、虫の方も人間とは違う花の色の見方をしているらしいし。でも、人間の方が勝手に花の綺麗さに愛着を持ってるのもまた素敵な話だと思うんだけど」
ここまで言って、喋りすぎではないかと気づいた。中原さんは口を真一文字に結んでこちらをみている。引いている。慌てて軽く手を振った。
「ごめん、僕の話なんて興味ないよね。レポートを作りに来てるのに」
中原さんは驚いたような顔をすると、そのまま顔を下げ、また少しの沈黙があってから、教科書や筆記用具など自分の荷物を片付け始めた。
「そうだね、興味ない」
わずかに怒気を含んだその声に気圧されてしまい、何もできないまま、中原さんはその場を去ってしまった。僕は呆然と、背中が消えた方向を見つめていた。
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