ネコのキモチ

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ネコのキモチ

「ただいまぁ……。また編集長に怒られちゃったよぉ……」  帰ってくるなり愚痴をこぼし始めた。その足取りはふらふらだ。また飲んできやがったな。 「みんながいる前でさ、よりにもよってあんな言い方はないと思わない?」  どんな言い方だか知らないけど、こっち来るんじゃないぞ。来るんじゃないって、この酔っ払いが! 「はぁ……。今夜も私を癒してね……」 「うっ。酒くさ!」  思わず声が出た。吐く息だけでなく、俺の腹に顔をうずめたその頭皮からもアルコール臭が染み出してくる。 「え?なんか言った?」  別に。たいしたことは言ってねえよ。 「あ、ちょっと待って。アプリ立ち上げるから」  はぁ。またそれかよ。そんなもの当てにならないって何度言ったらわかるんだよ。 「はい。もう一度言ってみて」  無駄だとわかっていながらも応じてやる。 「だから酒臭いって」  少し間を置いてから、スマートフォンから人工的な声が聞こえる。 『ガンバレ』   ほらみろ。ぜんぜん見当はずれじゃねえか。  しかし相手はそれが俺の言葉だと信じて疑わない。 「うん。もちろんがんばるわよ。編集長なんかには絶対に負けないんだから」  好きにしてくれ。   「でもさ、編集長だってね、私が憎くて怒ってるんじゃない、って思うのよ」  また始まったよ。酔っ払うといつもこれだ。 「私を育てるために、あえて厳しい態度に出てると思うわけ」  ああそうですか。 「そう。あの人はきっと私に期待してるのよ。その期待に応えるため、私はもっとがんばらなきゃならないの」  怒られてやけ酒を飲んで帰ってくるたび聞かされる話に辟易し、目を閉じ聞き流していると、 「ねえちょっと。聞いてるの?」  まぶたをむりやりこじ開けられた。たまらず「聞いてるよ」と答えると、スマートフォンから声が聞こえた。 『無理はするなよ』 「え?やだ。あんた、私のこと心配してくれているの?」  目を潤ませながら抱きついてきやがった。やめてくれ。暑苦しいったらありゃしない。 「ありがと。でも大丈夫よ。一人前の記者になるには、少しくらい無理しなきゃならないから」  勝手にしろ。 「こうしてあんたが癒してくれたら、多少の無理も平気だし」  もう勘弁してくれよ。外に出られたら一目散に逃げてやるからな。 「これからもよろしくね」 「やなこった」  スマートフォンから声が聞こえる。 『こちらこそよろしく』 「うれしい。ほんと、猫の言葉がわかるってサイコー!」  最低だよ。
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