狂い咲き

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「芥辺殿。今宵貴方には玄武、という浪人を斬っていただきたい」 夕暮れ時の路地裏にて、朝霧がそう告げると、人斬りの芥辺は無言のまま眉間に皺を寄せた。 「……それはまた唐突なお話ですな」 「申し訳ありません。今宵、この玄武という浪人が町外れの剣術道場を襲うのではないかと踏んでおりまして。芥辺殿にはその道中の竹藪にて待ち伏せし、お斬り頂きたいと……」 「……成る程」 「玄武はやっかいな男のようで、どうやら猛者を探し辻斬りの真似事をして回っているようなのです。既に何人もの犠牲者が出ております故、放っておくわけにも参りません。芥辺殿の剣の腕であれば心配ご無用かと存じますが、玄武もまた相当な使い手とのこと故くれぐれも油断なさらぬようお願い致します」 「承知した」 手短に返事をし朝霧の依頼を引き受けると、その足で芥辺は一人竹藪へと向かった。芥辺京介。世間ではいつしか人斬り京介と恐れられるようになっていた男である。しかし当人はそんな呼び名など歯牙にかけることもなく、淡々と依頼をこなし続けていた。 今回の標的である玄武なる男は、噂によるとかなりの腕前らしい。ならば、長期戦にもつれ込むのは危険と判断し、一太刀のもとに相手を屠ろうと決めた。 日が落ち辺り一面闇に包まれ始めた頃、竹林の入り口付近に身を潜めていると、遠くから微かに人の足音が聞こえてきた。恐らくそれが件の玄武だろう。 芥辺は一歩二歩と踏み出し、その浪人風情の男の行く手を遮った。 「そなた、玄武と申す御仁とお見受けするが?」 「あ?如何にも。あんたは?」 玄武と名乗る男は浪人風情ではあるが、白く立派な布地の着流しを身に纏っていた。腰には刀を差しているが、まるで死装束のような出で立ちであった。 「私はそなたの命を奪うために参上仕った」 「ほう…?殺してくれるのか?俺を?」 玄武の声色が急に明るくなり、反対に芥辺は眉間の皺を深めた。 「あんた、侍か?名前は?」 「……芥辺と申す」 その名を耳に入れた瞬間、玄武の表情は一気に明るくなる。そして目を輝かせながら言った。 「おお!あんたがあの有名な人斬り京介殿であるか……!」 「……」 芥辺は只沈黙を貫くが、玄武は興奮を隠せない様子で言葉を続ける。 「いやぁまさかこんなところで会えるとは思わなかったぜ……。俺はずっとあんたを探していたんだ」 「俺を……だと?」 「ああそうだとも!あんたの噂を聞いて以来、一度会いたいと思っていたんだよ!それにしても噂通りいい面構えをしているじゃねぇか……!!」 「…………」 「俺はずっとあんたと斬り合ってみたかったんだ!そして殺されるのが夢だった!!さあさっさと始めてくれよォ!!」 そう言うと同時に玄武は刀を抜き、そのまま芥辺へと突進してきた。
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