48 海底の岩漿 - des volcans au fond de l'océan -

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48 海底の岩漿 - des volcans au fond de l'océan -

 証明しろと言われても、どうしたらよいかわからない。  イオネは身体を離して、こちらを見下ろすアルヴィーゼの不遜な顔をきょとんとして見つめ返した。 「わたしは確かに感情表現が豊かなほうではないけれど、こんなことあなたにしか許さないわ」 「ではわからせてみろよ。お前が俺にしかしないことをして、証明しろ」 「あ…」  つまりいつもアルヴィーゼがイオネに対してすることをしろと言っているのだ。  これはさすがに難易度が高い。  ――お互い‘好き!’って言って、恋人成立。  頭の中でリディアの声がした。 (この人はそれだけじゃ満足しないということね。恥を忍んで好きって言ったのに…)  イオネはそろりと視線を下げてアルヴィーゼの唇を見た。形が良く、きりりと引き締まっていて、あそこから発せられる声を思い出すだけで、心臓を直接撫でられたような、妙な気分になる。  やおら弧を描いた唇が、顔色を変えたイオネを揶揄った。――少なくとも、情けないほどに欲と恥ずかしさを持て余しているイオネには、そう見えた。  むっとしたイオネはアルヴィーゼのクラバットを掴んで引っ張り、首を下げたアルヴィーゼの唇に噛みついた。  一度離れた唇が、寄せては返す波のようにもう一度触れ合い、舌が絡み合う。  イオネが掴んだクラバットはするりと解け、板敷の上に落ちた。イオネがアルヴィーゼの上衣を脱がせて床に放り、ベストの小さな留め具をもたもたと外している間に、アルヴィーゼはドレスの留め具を外し終え、背で編み上げられた下着の紐を解き始めている。  重なり合う唇の下で愉快そうな吐息がイオネをくすぐったのは、アルヴィーゼがイオネの不慣れな手つきをおかしがっているからだ。  確信がある。あと二秒経ったらアルヴィーゼはまた揶揄ってくるに違いない。かと言って、男の服など脱がせたことがないのだからもたついて当然ではないか、などと馬鹿正直に反駁しようものなら、途端に上機嫌になるだろう。それも癪だ。  イオネは先手を打つことにした。  アルヴィーゼの腕を掴んで紐を解くのをやめさせると、自らドレスを肩から滑り落とし、白い肩をアルヴィーゼの目に晒した。  かろうじて胸から下を隠している木綿のシュミーズは、既にアルヴィーゼに背中を開かれたために今にも落ちそうだ。イオネは長いまつ毛を伏せ、恥ずかしさで真っ赤になりながら裸身になり、波打つ長い髪を前に下ろして胸を隠し、サイドテーブルに腰を預けたままそろそろとアルヴィーゼの頬に触れた。  アルヴィーゼの手が重なる。視線が、灼けるように熱い。 「わたしがこんなことをするのはあなただけよ、公爵」  いやみったらしい男だ。明らかに善からぬ事を企んでいる時でさえ、その造形は神がかっている。 「それも気に入らない」 「何が?」 「名を呼べ。前はそうしただろう」  イオネが初めて自分からアルヴィーゼを求めたときだ。白い肌が羞恥と欲望の色に染まり、大きなスミレ色の瞳が困惑したように張り詰めて、揺れた。 「アルヴィーゼ…」  満足げに笑うアルヴィーゼの顔が近づいてくる。  イオネは身体の芯が熔けてしまうような淫らな口づけを受けながら、アルヴィーゼのシャツのボタンを外し、その下の肉体に触れた。身体の中にある衝動が、アルヴィーゼの肉体から発せられる熱に浮かされて、イオネの手足を動かした。  こんなふうに呑まれていいと思うのも、この男だけだ。 (思ったよりこの人を好きになってしまった)  イオネがアルヴィーゼの下唇を舌でそっとなぞり、はだけたシャツの下を這ってアルヴィーゼの腰に腕を巻き付けた時、身体が浮いた。  驚いたが、恐怖は微塵もない。アルヴィーゼが自分を落とすはずがないと無意識下で確信するほど、この男を信用している。  アルヴィーゼはイオネを抱えたまま狭い浴槽に張られた熱い湯の中へ身を沈め、濛々と立つ湯気の中、息が苦しくなるほどに唇を貪った。服を脱ぐ余裕もなかった。  イオネの嫋やかな手が濡れたシャツをアルヴィーゼの身体から剥ぎ取り、ズボンの留め具におそるおそる伸びてくる。  限界だ。艶美な装いで夜宴に現れた時からこうしようと思っていたが、他の男への思慮に欠けた行動に対して少々灸を据えてやりたいがために堪えていた。自分からけしかけておいて、いざイオネから触れられると滑稽なほどに自制がきかなくなる。  アルヴィーゼは自ら前を寛げると、イオネの腰を掴んで湯の中で浮かせた。 「あ、待って。まだ…」 「充分だ」 「あっ!――」  押し入ったイオネの中は、熱かった。湯に浸かっているからかもしれない。しかし、イオネの内部が溶け出したように滑ってアルヴィーゼをもっと奥へ誘い込もうとしているのは、少なくとも湯のせいではないだろう。 「触れてもいないうちからこんなになるのは、俺のせいか?」  アルヴィーゼは繋がった場所でひくひくと震えるイオネの陰核を指でなぞり、狭まる内壁を押し上げるように奥を突いた。 「んぁっ…あなたのせいよ…!」  ぞくぞくと愉悦が背を奔る。これはただの欲ではないのだ。イオネの中に入り、イオネが自分にしか見せない嬌態を肌で感じることで、この女の心にどれほど入り込んでいるかを確認するための行為だった。 「ふっ。くそ、かわいい」  繋げた身体の一部がぎゅう、と締め上げられる。イオネはアルヴィーゼの首にしがみついたまま目を固く瞑って、引き結んだ唇の下で声を押し殺していた。 「目を開けて、俺を見ろ。お前が選んだ男に何を許したか、その目に映せ」  この夜のイオネは、驚くほど従順だった。濡れて束になった睫毛がゆっくりと上がり、魅惑的なスミレ色の目が甘く蕩けてアルヴィーゼを見つめると、ついさっきまで感じていた苛立ちがすっかり消失してしまった。  きっとこの女には総てを許してしまうだろう。我ながらこれほど愛にのめり込む性質を持っているとは知らなかった。  イオネの身体が熱で満ちると、アルヴィーゼは深く口づけして奥の更に奥まで自身を突き入れ、イオネの愛らしい悲鳴を呑み込みながら、その中に自分の熱を放った。  夜が明け、目を覚ました時も、イオネはアルヴィーゼの腕の中にいた。  背中にぴったりとくっついた硬い身体からゆったりとした鼓動が伝わり、髪を弄ばれる心地よさにもう一度目を閉じた。 「朝の挨拶は無しか」  腰が後ろへ引き寄せられ、首の後ろに唇が触れた。飛び跳ねた心臓から柔らかな熱が全身を巡り、アルヴィーゼの体温がひどく尊いもののように思えた。  昨晩浴室でのぼせかけ、寝室に戻った後も一晩中攻め立てられて――特に背後から突き入れられた時はその激しさに気を失いかけたほどだったのだから、その無体に対して腹を立ててもいいようなものだ。しかし、今はこの熱に包まれていたい。 「へんなの」 「何?」 「あなたみたいな人を好きになってしまうなんて、空から海が降ってくるくらい不思議」 「後悔しても無駄だぞ。あの日、俺に啖呵を切った時点でこうなることは決まっていた」  イオネはもぞもぞと身体の向きを変えると、機嫌良く細まったアルヴィーゼの目をまっすぐに見た。 「わたしはどんな選択も後悔しないわ。それより、出会ったときからこうしようと思ってたってこと?一目惚れでわたしのことが好きになったの?」  イオネにとっては単純な疑問に過ぎなかったが、アルヴィーゼにとっては意外な問いだった。イオネが不思議に思うのも無理はない。アルヴィーゼ・コルネールはどう考えても一目惚れなどという非合理的な心理現象に振り回されて女を選ぶ質の男ではない。  そして、アルヴィーゼにもそういう自覚はある。 「そうとも言えるが――」  血色の昇ったイオネの頬を撫で、アルヴィーゼは思案した。 「…‘好きになった’とは少し違う」 「わたしには好きって言わせておいて自分は違うというの?」  イオネが眉尻を上げて離れようとすると、アルヴィーゼはイオネの身体を腕に包んで胸の中に拘束した。 「悪いが、違う。そんな言葉で表現できるほど短絡的ではないからな」  アルヴィーゼの感情は、海底火山のようなものだ。かつ荒れかつ凪ぐ波の下に、絶えず真っ赤に煮えたぎる岩漿が存在する。イオネはその激しさを知っているようで、根底を理解してはいない。  この女ひとりのためにどれほど道理に外れたことでもできる。王妃になりたいと求められれば自ら玉座を盗るという途方もないことさえ吝かではない。  イオネを一目見た瞬間に、それほど鮮烈な啓示を受けたのだ。 「本当に知りたいか?」  乱れた黒い前髪の奥で、海のような緑色の目が光った。 「やめておくわ」  イオネがそう答えたのは、この先は不可侵領域としておいた方が賢明な気がしたからだ。 「お前が善良な女でよかったな」  イオネは別段自分を善良とは思っていないが、少なくともアルヴィーゼ・コルネールにとってはそうなのだろう。 「それで、ノンノ・ヴェッキオとは何を話したの?」 「お前の昔話を聞いた。エシェックで負けると大泣きしていたそうだな」  アルヴィーゼは腹をひくひくさせて笑っている。 「幼児の時の話よ!」 「ああ。幼いイオネの仇は取ってきてやったぞ」 「ノンノと勝負したのね。見返りに何を手に入れたの?」  知り合ってからまだ間もないが、何となくこの男の考え方が分かるようになってきた。勝負事には戦利品があるはずだ。 「お前が小さい頃の肖像画」  イオネは口を開けたままアルヴィーゼの涼しげな表情を見上げた。 「信じられない!変態」 「褒め言葉と取っておく」  この男に何を言っても自重することは期待できない。イオネはもぞもぞと身体をアルヴィーゼにくっつけて、仕事へ行くまでの短い時間をアルヴィーゼの腕の中で過ごすことにした。 「我慢して」  イオネがピシャリと言った途端、臀部の谷へ這いだしたアルヴィーゼの指が止まった。 「貸しだぞ」  アルヴィーゼはイオネの髪に顔を埋めて低く言った。今夜にでも取り立てるつもりだ。
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