終 スミレとオケアノス - une Violette est tombée aux mains de l’Océanos -

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終 スミレとオケアノス - une Violette est tombée aux mains de l’Océanos -

 招待客への挨拶を簡潔に終えた後、アルヴィーゼはイオネの手を引いて再び庭園へと連れ出した。  心地よい秋の風に乗って草木と淡い花の香りが漂い、あちこちに置かれたランプが秋の庭を美しく照らし出している。アルヴィーゼは自分の上衣を脱いで、イオネの肩に掛けた。 「夜のお散歩?」  イオネが首を傾げると、アルヴィーゼが笑った。 「違う」  アルヴィーゼが向かう先には、かつての領主が客人をもてなすために建てた煉瓦造りの別棟がある。城とは庭園を隔てて対角に位置し、のびのびとした田舎の居館を思わせる佇まいだ。  中は仄かに明るく、煙突から細く煙が上がっていた。 「今夜の寝所だ。人払いもしてある」  何度もお預けを喰らったのが相当堪えたらしい。イオネはおかしくなって、つい笑い声を上げた。 「笑っていられるのも今のうちだぞ」  アルヴィーゼは笑われた報復にイオネの身体を横向きに軽々と抱き上げ、足で別棟の戸を乱暴に開けて中へ入り、階段を上がってまっすぐに寝室へ入った。  イオネの身体が寝台に優しく下ろされると、すぐにアルヴィーゼが覆い被さってきた。  秀麗な切れ長の目から黒い睫毛が伸び、目元に影を躍らせて、深い緑色の瞳が鈍く光る。イオネの目には、その奥に灼け付くような愛欲が見えた。  全身の細胞がざわざわと騒ぎ出す。心臓が期待と焦燥で速く打ち、自分を保っていられなくなりそうだ。 「…ま、まずお風呂に入りたいのだけど」 「もうずいぶん待った。これ以上は無理だ」  アルヴィーゼが唸るように言って唇に噛み付いてきた瞬間、イオネは躊躇を捨てた。理性的な自分を保つ必要など、今はない。  イオネも首の後ろに腕を回してアルヴィーゼを抱き寄せ、口の中に入ってきた舌をうっとりと味わいながら喉の奥で唸った。 (きもちいい…)  肌の触れ合う場所から新たな熱が生まれ、全身を包む。  アルヴィーゼが首の窪みに鼻先を寄せ、芳醇な葡萄酒の香りを含むように空気を吸い込んで、懇願するようにイオネを見上げた。 「俺の身体をお前の匂いで満たしてくれ」  官能的な低い声が、イオネの心臓をどっと揺らした。 「…変態」 「ふ。何とでも言え」  アルヴィーゼの大きな手のひらがイオネの腰を這い、背中へ上がってきて素肌に触れ、ドレスの襟を引いて肩から滑り落とした。素肌が夜気に晒されるにつれ、肌を湿らせるアルヴィーゼの呼吸がますます熱くなる。  アルヴィーゼの唇が首筋を啄み、手のひらが肩から胸へと下りていく。指の腹で先端に触れられ、イオネは息を呑んだ。滑らかな黒髪が胸元をくすぐり、熱い舌が胸の中心へと這ってくる。イオネが焦れて小さく呻くと、アルヴィーゼは先端に甘く歯を立てた。 「はっ…あ…アルヴィーゼ…」  イオネは身をよじってアルヴィーゼの腕にしがみついた。快感がじりじりと肌を伝って全身に響く。 「んんっ…ねえ…」  アルヴィーゼは僅かに顔を上げた。 「あなたも脱いで」  イオネの手がアルヴィーゼのベストの留め具をもぞもぞと探っている。アルヴィーゼがちょっと身体を引いてやると、イオネは留め具を探り当てて外し始めた。  やがてシャツの下から精悍な胸が露わになり、イオネは筋肉が肌に作るなだらかな隆起に触れた。そこかしこに小鳥が啄むような口付けをしてその背に腕を回したとき、アルヴィーゼが呻いてイオネの腕を掴み、再びその身体を組み敷いた。  アルヴィーゼはイオネの口をがぶりと覆って下着を乱暴に引き下ろし、秘所に触れた。イオネの熱い蜜がアルヴィーゼの指を濡らし、淫らな音をたてた。 (俺を欲している)  この世で唯一欲しくて堪らない女が、自分だけを激しく求めている。胸が熱くなり、目の前の女がいっそう愛おしかった。  イオネの身体が張り詰めてくると、アルヴィーゼはイオネの赤く血色を増した唇を解放して、愛らしく立ち上がった乳房の頂に軽く歯を立て、指で奥を突いた。快楽に耐えようと髪を掴んでくる指が、ふるふると震えている。 「ん、ああっ…!」  イオネは身体の奥から生じた激しい快楽に耐えかねて、歓喜の悲鳴を上げた。  激しく襲ってきた高波に意識を放り出されたようだった。イオネは全速力で走った後のように荒い呼吸を繰り返し、アルヴィーゼが身体中に唇で触れるのを感じた。 (不思議だわ…)  思えば初めての時からこの男の唇は心地よかった。強引で自儘な口付けでも、いつの間にか能動的にそれを求めてしまう。まるでそれが、この世に生まれ落ちたときからの正しい在り方だったかのように。  イオネは捕まえるように伸びてきたアルヴィーゼの手に指をからませ、甘美な刺激に官能を委ねた。  アルヴィーゼの髪が臍をくすぐり、ひどく感じやすくなった秘所に舌が触れると、身体中に火花が散った。 「あぁっ…!や、待って…まだ――あっ」  昇りつめたばかりの身体は中心を這うアルヴィーゼの舌に激しく反応し、狂おしいほどの刺激に懊悩した。身体の中心の柔らかい肉を割って舌が入ってくる。  激しすぎる快感に腰が逃げようとしても、アルヴィーゼの手に腿を強く掴まれて、更に奥を蹂躙される。すっかり熟れた秘所の実をつつかれて吸われていると、これ以上ないと思っていた悦楽が更に高まって嵐のように襲ってきた。 「ああ!」  再び絶頂に達したイオネが次に見たものは、イオネのもので濡れた唇を舐めて淫らに笑うアルヴィーゼだった。今日のどの瞬間よりも生き生きして見える。 「イオネ」  淫らな獣がイオネの乳房をやさしく愛撫しながら、甘く囁いた。 「前を開いて、解放してくれ」  アルヴィーゼの目が、欲望と純粋な愛情を映してイオネを見つめている。  恥ずかしい。  この強すぎる視線から逃れたいほど恥ずかしいはずなのに、この唯一無二の男が欲しくて堪らない。  イオネがベルトに手を伸ばした時、その下でアルヴィーゼの一部が鉄のように硬く立ち上がっていた。ズボンの前を寛げ、飛び出てきたものにイオネがそっと触れると、それがひくりと蠢いた。  散々に昂らされた身体の奥が、じくじくと疼く。  イオネはアルヴィーゼから残った服を剥ぎ取り、首の後ろに腕を巻き付けて羽が触れるような口付けをし、自分から倒れ込んで、そろそろと脚を開き、アルヴィーゼの腰に膝を擦り寄せた。 「もう、中に来て…」  イオネの興奮に上擦った甘い声が、アルヴィーゼの最後の理性を焼き払った。アルヴィーゼはイオネの脚を持ち上げ、ひと息に押し入った。 「あ――!」 「…ッ、痛いか」  アルヴィーゼは激しい快感に呻きながら尋ねた。痛いと言われてももはや止めようもないが、身体のことは気がかりだ。  しかし、イオネは首をふるふると振り、胡桃色の眉を歪めながらアルヴィーゼの顔を引き寄せ、熱く甘い口付けをした。 「きもちいい…もっと」  イオネが恍惚の中で甘い声を漏らすと、アルヴィーゼは眉を寄せた。 「くそ、お前。これでも我慢しているんだ」 「でも――あぁっ!」  最奥部まで届くほどの衝撃に、イオネが叫んだ。 「はッ、あーくそ…いい」  アルヴィーゼはイオネの額や頬を啄み、律動した。肉体と意識が溶けて混ざり合い、熱く荒い呼吸もどちらのものか分からない。  イオネがくしゃくしゃとアルヴィーゼの鬢を撫で、唇を引き寄せた。内部が引き締まってアルヴィーゼに呻き声をあげさせ、甘美な口付けに夢中にさせた。  アルヴィーゼの乱れた呼吸と呻きが歓びとなってイオネの全身を駆け巡り、身体の奥に感じる衝撃が愛と欲の境界をなくしてゆく。 「アルヴィーゼ、愛してる」 「ああ。俺も愛している」  ふたりの肉体が曖昧に溶け合ってイオネが甘やかな忘我を迎えると、アルヴィーゼはその柔らかい身体を包み込むように腰を抱き、指に髪を絡ませながら、最深部を激しく穿ち続けた。イオネが高い声で悲鳴を上げ、身体を震わせて、アルヴィーゼをぎゅうぎゅうと締め付けてくる。 「ああ、くそ」  もっとこの中にいたいが、もう限界だ。  アルヴィーゼは食いしばった歯の間から獣のように呻き、イオネがこの世で最も甘美な声を上げて昇り詰めた瞬間、胸が痛くなるほどの歓喜の中で果てた。  窓の外の空は白み始め、真珠を砕いた絵の具を薄く伸ばしたような雲が次第に金色に輝き始めている。 「ねえ、ひとつ教えてほしいのだけど」  アルヴィーゼの腕に頭をしどけなく乗せ、イオネが眠たそうな(まなこ)を向けた。  結局、一度ではアルヴィーゼの欲望は鎮まらず、多少の睡眠を挟んで何度も事に及んだ。  普段ならとっくに意識をなくしているはずだが、イオネもアルヴィーゼを激しく求めた。それくらい恋しかったのだ。 「なんだ」  アルヴィーゼは汗の浮いた額から髪を横によけて耳に掛けてやった。 「あなたって本来は器用に立ち回れる人よね。わたしが欲しかったなら、初めて会った時にお行儀よくすればもっと効率的だったと思わない?」  アルヴィーゼはちょっと驚いたように大真面目なイオネの顔をじっと見た後、声を上げて笑った。 「気になるか」 「気になるわ。最悪の出逢いだったもの」 「俺にとってはそうじゃない」  イオネは唇を引き結んでむっと顔をしかめた。 (この顔だ)  と、アルヴィーゼは講堂で出逢ったイオネを思い返した。  イオネ・アリアーヌ・クレテ教授を初めて見たとき、このくそ真面目な顔の奥にどれほどの情緒を詰め込んでいるのか知りたいと思った。それが自分に向いたとき、どんな変化が互いに起きるのか。  理由など、愚にもつかないほど単純明快だ。 「お前を初めて見た時から、何も飾らず取り繕わない、ありのままの俺を愛させたかった」  イオネはすっかり顔色を変えてしまった。自分から訊いておきながら、これほど率直な答えが返ってくることを予想していなかった。 「‘愛して欲しかった’の間違いでしょ」  イオネは顔を真っ赤にしたまま、唇を尖らせて反論した。こんな風に負けん気の強いところも、愛おしい。 「どうでもいいことだ。どちらにせよ、お前は俺の手の中にいるだろう」 「あら、それも間違いよ。わたしの手の中にあなたがいるんだわ」 「それこそどちらでもいいことだ」  アルヴィーゼはゆったりと笑ってイオネの頬に触れ、イオネとその中に宿った小さな命も一緒に自分の腕の中に収めると、やわらかく弧を描いたイオネの唇に優しい口付けをした。  どちらにせよ、ふたりは世界の総てよりも尊いものを手にしている。この真実は未来永劫変わることはない。  そして、重なり合う手のひらから、新たな溟海が広がっているのだ。
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