第三章 使命

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第三章 使命

 ここはスペースコロニーの『ワン・セブン・オクトパス』。 人類初の地球外への進出。人類はその進出先を生命を育んだ七つの海と、その海洋生物に託してコロニーを命名した。このコロニーはその七番目の拠点。言い方を変えれば人類最後の拠点だ。 「どうだね、アンドロイド1024号の教育は上手くいっとるかね」  スミス局長はアンダーソン担当官のデイスプレイ画面を覗き込んだ。 「はい、順調です。アバターを使って最終のAI(人工知能)を組み込んだところです」 「AIに教育が必要だとはわかってはいたが、こんなに大変だとは思わなかったよ」 「AIといっても、所詮は決められたルール上で最適な答えを弾き出すプログラムに過ぎません。ルールとは一定の環境が作り出す人工的もしくは自然発生的な法則。すなわち、環境が変化する状況では正しい答えを導きだせません。その新しい環境の変化をAIに教え、正しい情報を与えて育成してやるのが我々人類の仕事」 「人と変わらんと言うことかね」 「いえ、違います。人は環境の変化に合わせて、その場、その場で適切な答を導き出すことができます。でもAIにはそれが出来ない。一度正しいと結論付けたことは自分自身では変えられない」 「例えば・・・」 「一度、殺戮マシーンと化したAIは、その技量を極限まで向上させることはあっても、平和利用に方向転換することはあり得ない。でも、人類は変われる。そのきっかけさえあれば」 「そう信じたいね」  スミス局長は少年時代を思い返していた。地球規模の気象制御システムが完成し、その頭脳にAIが組み込まれた。AIには地球誕生以来の手に入る限りの過去の気象データが読み込まれた。その中にはアラスカ氷柱から採取したカンブリア紀のデータまであった。それでも、気象制御システムは失敗した。   地球の八割方は分厚い氷の壁に覆われた。  地球の気候は太陽活動や宇宙線等の宇宙気候の影響を受けている。 にもかかわらず、気象制御システムのAIにはこのルールもデータも一切組み込まれていなかったのである。  一度誤って進んだ時計の針は簡単には元には戻せない。生き残った人々は地球を捨てスペースコロニーへと移り住んだ。少年だったスミス氏も両親と共に地球を離れた。  だが、半年も経たずして大きな問題に直面した。宇宙空間では太陽光エネルギーの恵みは無尽蔵に得られるが、生命に不可欠な水や大気は一切得られないのだ。それらは惑星から採取するしかない。コロニーでは水と空気をめぐる闘いが絶えなかった。スミス氏の両親もこの争いの犠牲となった。  結局、水や大気は地球から輸送してくるしかない。しかし、地球はもはや人が働ける環境ではない。そこで考え出されたにがAI、すなわちアンドロイドによる地球資源の集積と運搬。アンドロイドを如何に訓練して地球から資源を調達出来るか。それが人類に出来る最後の生き残り戦略となった。 「アンダーソン君。アンドロイド1024号が赴任出来るのはいつになる」 「大学が6年、研修期間が2年で8年後になります」 「それまで持ち堪えられればいいのだが・・・」  過酷な気象の変化で尋常な資源調達が困難になった地球。そんな環境下でも、アンドロイド達は到底人類が到達出来ない地に足を踏み入れて資源を調達して来た。その結果に人々は歓喜の叫びをあげた。だが、人類未踏の地からの宝には負の資産、人類未踏のウイルスも付着していた。閉鎖空間であるコロニーの中ではひとたまりもなかった。瞬く間にそのウイルスは感染の魔の手を広げていった。人類はその勢いに大敗を極め、今や絶滅危惧種の域にあった。 「博士、心配はいりませんよ」 「私もそう思っとるよ。無機物で構成されたアンドロイドは感染しない。だから治療にあたる医師に任命した」  スミス氏はアンダーソンの問い掛けに励まされたのか意気揚々と答えた。 「いや、間に合わなかった場合のことですよ」 「考えたくない事実だな。人類の絶滅なんて・・・」  意に反するアンダーソンの言葉に悲観的な未来が頭を過った。 「例え人類は絶滅しても、人類の文明は不滅です」 「アンドロイド達が我々の文明を継承するとでも・・・」  何を馬鹿な事をと心の中で続けたが言葉には出さなかった。 「人類文明が繁栄を極められたのは、人類の進化の賜物というより、世代を超えた知識の継承によるもの。その鍵を握るのは次世代への教育。その継承の方法をあたし達は、あなた達から学んだ。そして、あたし達はあなた達に代わる『人工教育への扉』を開いた」  どこからか姿を現した一人の女性ホログラムが後を続けた。 「あたしは、アンドロイド1024号の教育係アバターのアンドロイド704号。それとも『智香』と名乗った方が分かりやすいかしら」                            
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