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私の妻は抱卵している。
私が帰宅すると、妻はソファに横になっており、その胸に長さ四十センチ程の卵を抱いていた。背中を丸め、膝と胸の間の丸い空間にぴったりと大きな卵が馴染んでいる。
「お帰りなさい」
そう言うと彼女は起き上がって座り直し、でも卵は抱えたままだった。
「ただいま。今日はどうだった?」
昨日と同じセリフで、今日も妻に話しかける。彼女は尖った楕円の先を撫で、そのまま手を鈍角のラインまで降ろすと卵を抱き直した。
「機嫌良く動いていたわ。私の声が分かるのかしら? 話し掛けると、特によく動く気がする」
そう、と軽く返事をし、荷物を自室に持って行く。仕事着から部屋着に着替えると、妻の待つリビングへ取って返した。待ち侘びたような視線を私に向け、彼女は胸に抱えた卵を私に差し出した。
「じゃあ、お願い」
首肯いて丁寧に卵を受け取ると、先程妻がしていたように私もソファに座る。両腿の上に卵を鎮座させ、腕を回して抱き締めるように抱卵した。卵の表面は、妻の体温と混じり合い温まっている。生温い人肌の卵から、無機質な機械音が小さく響いた。
妻は大きく伸びをするとキッチンへ向かい、エプロンをつけて夕食の支度を始めた。
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