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断片-5〈了〉
朱雀門の陰で朱塗りの柱にもたれていた女は、一陣の風のためにばたりと倒れた。すっかり忘れ去られていた強風が、朱雀大路を駆け抜けた。空はだんだんと灰色の雲のなかに稲妻を蓄えていった。ぽつぽつと雫が降ってきたかと思うと、中天に滝が現れたのかと見間違うほどの大雨が都を襲った。
そして――夢か幻か、一匹の龍が力なく見開かれた女の両眼に鮮やかに映じた。龍は群青色の鱗を濡らしながら、湖に漂う木の葉のように空を遊泳しはじめた。
龍は重たそうな尾をふりながら二日三日と都の上を漂っていた。
が、この龍の陰を感じた者は、ほとんどいないらしかった。のみならず、彼らはまだ、干からびた地上のうえで喘ぎ喘ぎ、雨の降るのを待っていた。龍の見えない彼らは、まだ。…………
ところで、あの市女笠の女が都にたどりついたときには、荷を背負っていたふたりの従者のうちのひとりは、どこかに消えてしまっていた。ふたつあった荷は、もちろんひとつも残っていなかった。そして――このふたりのうちのどちらかだけは、都の上に厳めしい龍の姿を認めていた。
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