断片-1

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断片-1

 あるよく晴れた日のことである――筆者は暢気(のんき)に「よく晴れた日」などと言ったが、都では政変が続けざまに起こり、そうして(まつりごと)が乱迷している(うち)に厄災にも見舞われ、朗らかな笑いも聞こえなくなれば、雅な音さえもどこかへ消えてしまった。のみならず、一滴の雨さえも見えなくなった。洛中の道に引かれた網代車(あじろぐるま)(わだち)は、癒えぬ傷のようにぱっくりと開いたままである。  洛外もまた同様である。そこに住む者たちもまた、飢えや渇きを(しの)ぐための方途を探すのに追われている身の上だった。  今日もまた、ひび割れた田んぼを見通せる木陰で、ふたりの男が途方もなく座っている。木陰にいようが、とめどなく汗があふれてくる。田んぼ越しに見える遠くの村は、もういないかのように静かだった。  ふたりのうちの片方が、枯れた田んぼの合間の道に、ひとりの(わらべ)が歩いているのを見つけた。 「おい、あそこに(わらんべ)が歩いているが、あんな身ぎれいな格好をして、いったいどこの者かね」  ごくたまに吹く風にざわめきたつ(かし)の樹にもたれて、目をつむっていた男は、ごしごしと腕で顔をふいて、相方が指し示す道の方へと目を向けた。 「どこに(わらんべ)なんているよ。こんな日に出歩く元気なんてあるもんか。それも、身ぎれいな格好をして歩いてるやつなんかいたら、誰であろうと金目のものを奪ってやりたいくらいじゃ」  が、もう一方の男の眼にはしっかりと、身ぎれいな貴族の子息のようなの童がうつっている。のみならず―― 「ちゃんと見てみろ、太鼓を叩いて歩いているぞ」 「太鼓? 木の葉がこすれあってる音だろうよ。風くらいは吹いてくれるんだから、今日はめでたい日じゃ」  炎熱地獄が空から降ってきたかのような暑さのなかでは、それ以上しつこく話す気もうせてしまったらしい。木の葉の合間から漏れてくるかすかな光さえ鬱陶しいと(しか)めっ面をして、ふたりとも眼をつむってしまった。
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