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あれ?母親が泣いている。母親が子どものように泣いていた。
あれ?わたしがベッドで寝ていた。これは夢なのか?ただ、わたしはたくさんのチューブに繋がれていた。病院のベッドらしい。心電図の波形はリズミカルに動いていた。あ、わたし、生きている。千佳はホッとした。
医師らしき男性と看護師らしい女性が何やらヒソヒソと話をしている。
「もし、親御さんに臓器提供の意思があるなら、確かめたほうがいいね。どのみち、助かる確率は低いからね」
医師は残念そうに呟いた。
看護師は残念そうな表情をして、千佳の額を撫でていた。
臓器提供?どういうことだ?
「この子はきっと健康そのものだったんだろうな。陸上部にいたくらいだから。まだ十七歳か...。まだまだ生きていれば、楽しいこともあったのになあ...」
医師は顔を歪めた。
脳死だ。千佳はやっと事態を飲み込めた。
このまま目を覚まさず、意識が戻らない場合は家族が、臓器提供に応じた時点で、脳死と判定され、医師による死亡診断が下される。だから、まだこの時点では死亡とはなっていない。
じゃあ、今わたしが見ている自分て、誰?てか、わたし、空中に浮いているよね?
幽体離脱?本やテレビで見聞きしたことがあった。一時的に魂が肉体から離れて浮遊する現象。当初は体験者の作り話か、夢だと思っていたが、本当にあるんだ。まさか、自分がその当事者になるなんて...。
父親が病室に入ってきた。父親がわたしの手を握り、千佳、聞こえるか?と呼びかけている。
仕事ばかりで家庭を顧みなかった父親の見たこともない姿に、千佳は驚いた。
どうして、生きている間に優しくしてくれなかったの?父親に限らず、母親も千佳によそよそしい時があった。
家族は知らぬ間に分裂していた。千佳は学校生活が中心だったから、家庭内の変化には気がつかなかった。そして、陸上部での孤立が千佳に周りを見る余裕を失わせた。
千佳にはこれといって、相談できる姉妹も友人もいなかった。高校生活を部活に打ち込むことで自分を律していた。
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