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使い慣れた彼のベッドに膝を立てて、移ろいでゆく気まぐれな空を見るのがあたしは好きだった。
あたしの名を紡ぐ、彼の音色が好きだった。
傷んだ髪を撫でる手も、あの子を見つめる目も、どうしたってあたしの物になってくれない心も、どうしようもなく好きだった。
彼はあの日あたしに呪いをかけた。
「綾瀬、元彼に煙草吸ってた奴いた?」
なんの脈絡もなく告げられたクエスチョン。
その日もあたしは、あたしの住む街の、おかえりの色を眺めていた。
『いないよ』
選択肢を渡されたあたしが出したのは単純なアンサー。追って頭を過ぎったのは、なんでそんなこと聞くんだろうって、いっとう単純な疑問だった。
うっすらと微笑んだ美しい男は口端から細い紫煙をゆらゆらと揺らめかせ、あたしの後頭部を掴んだ。
強引に渡された口付けは暴力的で、煙ったくて、苦くて。
とてもじゃないけれど、甘さなんてものは無かった。
彼に貰った思い出は、言ってみれば最低なものばかりで、あの日のキスもまた最低のひとつだ。
あたしの咥内を気まぐれに撫でた舌が出てゆくと、疑問は解決へ導かれた。
「これから煙草を吸う男とキスする度に、今日のキスを思い出すね」
──……なんて巫山戯た呪いだ。
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