バーチャルアイドル握手会計画

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 マウスを操る。画面の中の手がくるりと回る。手首から先だけの『手』ではあったが、指はもちろん爪まで作り込まれている。しかし、関節のシワのような生っぽさは適度にデフォルメされている。マネキンよりも柔らかそうだが不気味の谷の気配は無い。もとより、リアルを追求したいものではない。リアリティはリアルでは無い。  よくできていると男は思う。今はまだそれぞれの指に一色ずつ、五つの色が塗られたままで輪郭線が入っている。そしてデータは仮のままだ。  本データが入ったなら。そしてスキンがのせられたなら。男は想像する。長く長く息を吐く。  スキンは『絶賛調整中』だ。遅れてはいるが、二晩徹夜で挽回できる。そんな愚痴やら鼓舞やら希望的観測やらを男は休憩所で耳にしている。  男は伸び放題の前髪をかき分け大ぶりのゴーグルを装着する。こめかみ部分のパネルを弄り、グローブへと手を伸ばす。  スノースポーツやバイクのものに似ているグローブには、手の甲にパネルがあり電池マークが点灯している。男はボトルからジェルを取り出し両手に塗ると、そのままグローブへと突っ込んだ。  男は両手をゆっくり開閉する。にぎる、ひらく。にぎる、ひらく。ジェルが馴染む。画面に『手』が現れる。五色の手とは異なって薄橙色をしている。シワはなく人形の手を思わせる。3Dの計算量を減らした手だ。男がグローブの手を開閉させると画面の中の手も開閉する。 「リンゴ」  五色の手が消え、リンゴが画面に現れる。薄橙の手は現れたリンゴを指で突く。リンゴが揺れる。ヘタの辺りをくるりと撫でる。リンゴが揺れる、静止する。二本の指で持ち上げて。けれどするりと落下する。今度は五本の指でつかむ。浮いたところを左手で支える。  重いな、男は思う。いつもの重さだ。標準的な重さで、落ちるように設定してある。持ち上げるには力がいる。力は圧力。圧力は摩擦。手のひらにリンゴを感じる。冷たい。堅い。しかし、握りつぶすこともできなくは無い。撫でると僅かにざらりと感じる。しっとりとはしていない。カサカサではないが乾燥している。  最新のVRグローブはジェルを介して出力器の微弱な信号を手に伝える。温度、圧力、振動、刺激。――力触覚(リアルハプティクス)。高価ではあったが市販の域には達している。むしろ不足しているのはデータである。医療や機器操作などのリアルタイム遠隔セッション需要から発展した性格もあり、バーチャルアイテムというソフトウェアが追いついていない状態だ。 「ミカン」  画面にミカンが現れる。薄橙の手はミカンを包み、そっと摩る。しっとりしている。油胞に細かな凹凸を感じる。外皮は厚く僅かにだぶつき、ツメを立てれば労無くして剥けるだろう。  リンゴ、ミカン、木匙、ナイフ、木綿の人形、絹のスカーフ。アルミ缶、豆腐、水風船、スライム、人をダメにするクッション、猫。男は様々なデータを作ってきた。
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