キツネのペイバック

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 駅前に出ると、私は車を停めて近くのコーヒー店に入った。 「おはようございます、いつものですね!」  ひと月も通っているので、店員さんともすっかり顔なじみだ。トーストと卵のモーニングセットを受け取ると、私は窓際の席に陣取った。そこからは駅前通りが見渡せる。  通勤通学の時間帯、人びとはせわしなく動き回り、ロータリーをバスや車が行き交っている。通りの反対側では、パチンコ屋が開店の準備中だ。入店待ちの列がひっそりとできている。  私の恩人は、今日もその列の中にいた。  (しま)タカシ、二十三歳。今年の春に大学を卒業、就職。……その後退職。今は無職のプー太郎である。  そうこうするうちにパチ屋が開き、人びとを吸い込みはじめた。店内に消えていく恩人の背中に、思わずため息が出る。 「どうしたもんかねえ……」  できることなら出玉を操作してやりたいが、このご時世、ギャンブルへの干渉はコンプライアンス的にアウトである。この場でできることは、何もないのだ。  コーヒーをすすりながら、私は恩人が有り金使い果たすのを待つしかなかった。  我々化けギツネは、基本的に人間との借り貸し清算が好きな種族である。昔話に、恩返しや報復の話がごまんと出てくるのはそのためだろう。失敗談の方が多いのはご愛敬だが。  私が嶋タカシに助けられたのは、まだ小ギツネのころだった。さっそく恩返しをしようと息巻く私に、両親は釘を刺した。 「ノブ、恩返しはいっちょまえのキツネになってからにおし。お前は夢中になると周りが見えなくなるから、心配だよ」  両親の心配はもっともである。しかし私は諦めなかった。変化の技を磨き、人間社会に溶け込む術を学ぶため、地域の化けギツネコミュニティにも参加した。努力は実を結び、房之助という相棒にも恵まれて、企業も成功。会社が安定しはじめた今年、私はとうとう恩返しを決行することにした。  房之助の調べによると、恩人もちょうど就職したところだという。これこそ好機、私の化けギツネパワーとビジネススキルを駆使して、彼を出世させてやろう。来年には課長・嶋タカシにしてやるぞ!  ところが意気揚々と向かった先で私が見たものは。すっかりくすぶってしまった恩人の姿だった。
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