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「はじめまして、こんにちは。お客様」
大きな振り子時計、色とりどりのランプ、銀食器。華奢な足のキャビネットに、古ぼけたトランク。ペットドア付きの重厚感のある扉を開けると、そこは絵に描いたようなアンティークショップだった。
恐る恐る足を踏み入れ、周囲を見回す。そうしていると、店の主と思われる男に出迎えられた。
男は左側だけ後ろに流したアシンメトリーの髪型をしていた。首を傾けると右側の髪だけさらりと流れる。日本人でも滅多にいない真っ黒な瞳が、じっとこちらを見返してくる。
「お客様?」
独特な雰囲気に飲まれていたらしい。訝しげな視線を寄せられて、私ははっとして小さく頭を下げた。
仕立てのいいスリーピース・スーツを着こなした男には一部の隙も無い。
どうしよう。必要に迫られて入店してしまったけれど、財布の中には千円しかない。しっとりとした時間の流れるこのお店には、絶賛奨学金返済中の私は場違いとしか思えない。
「何かお探しですか?」
「いえ、あの……」
二十代、大きく見積もっても三十代としか思えない男は、足が不自由らしく木目の美しい青い杖をついている。
先天性だろうか。それとも後天性? 品のないことを考えていると、家具の隙間から一匹の黒猫が顔を出し、男の足に擦り寄った。甘えたようすでニャアと一声鳴く。
「あっ! その子、お宅の猫ちゃんですか? 落とし物を持って行かれてしまって、大切なものなので返してもらえませんか?」
うっかり大きな声を上げてしまうと、猫はびくりと体を震わせ、男の後ろに逃げ込んだ。
「この子を追いかけていらしたんですね。ああ、本当だ。何かを咥えている。
お前は悪い子だなぁ、スピカ。もっとスマートに事を運ぶことはできないのかい?」
男が手を伸ばすと、猫は器用にその肩に登った。まるで言葉を理解しているかのように、キーケースを彼の手のひらに落とす。
よしよしと頭を撫でられると、気が済んだらしい猫は音もたてずに床に降り立ち、店の奥へと駆けていった。
「うちの子がご迷惑をお掛けしましたね」
男はポケットからハンカチを取り出すと、キーケースを拭った。本革に傷がついていないかを確認し、恭しくそれを差し出す。
「どうぞ、四辻 譲子さん」
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