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高そうなティーカップに注がれた紅茶には、角砂糖が三つ添えられていた。
なんて親切なのだろう。私はそれをありがたく全部投入した。
ふと顔を上げると、甘い香りの向こうに苦々しい表情が見える。てっきり甘党仲間だと思ったのだが、彼は砂糖もミルクも入れることなく紅茶に口を付けた。
「一週間前、A町で起きたストーカー殺人事件をご存知ですか?」
「え? ……ええ」
当たり障りのない世間話を予想していた私は、急に振られた重たい話題に言葉を詰まらせた。聞き間違えかとも思ったが、彼は真剣な顔をしてこちらの様子を窺っている。
「女性がストーカーに滅多刺しにされて亡くなった事件ですよね。何度もニュースで流れていたので、ある程度は知っています」
被害者は結婚を間近に控える二十代の女性で、長い黒髪が良く似合う綺麗な人だった。だからこそ、ストーカーの標的になってしまったのだろう。 一人暮らしのアパートで待ち伏せされていたらしく、玄関先で襲われたと報じられている。
繰り返し放送される婚約者のインタビューは痛々しく、幸せな思い出を語る声は耳に残っている。
自分の生活圏での出来事であり、歳も近いためニュースを見る度に気が滅入る。何の落ち度もない被害女性と婚約者が可哀そうで、今朝もニュースの途中でチャンネルを変えてしまったくらいだ。
「ご存知でしたか。ま、それはそうですよね」
「え……?」
なんだろうか。この引っ掛かる言い方は。
彼は当然と言わんばかりの顔をして、私の戸惑いなど気にも留めずに話を続けた。
「実は被害者の婚約者と顔見知りでしてね、願いを託されているのです。
ですが、見ての通り私は足が悪く、自由に動き回ることができない。だから、協力してくれる人をずっと探していました。
四辻さん、この哀れな店主のために手を貸してしてくれませんか?」
「協力?」
「ええ。とは言っても、お時間は頂きません。こちらの事情を知って頂き、協力することに了承いただければいいのです」
私はカップに添えたままになっていた手を膝の上に降ろした。
曖昧な言い方をしているけれど、なんらかの署名活動に参加して欲しいということだろうか。
返事を躊躇っていると、彼は真剣な眼差しでテーブルに手を付き頭を下げた。
「あなたにしか頼めないのです。時間が経つごとに、願いを叶えるのが難しくなっていく。おそらくこれが、ラストチャンスだ」
大きな音を立て、テーブルに立てかけていた杖が倒れた。彼はそれに目もくれず、頭も上げずに私の言葉を待っている。
押しに弱い自覚はある。子どもの頃は譲ってばかりの譲子ちゃんなんて呼ばれていた。大人になった今でも、直接言う人がいないだけできっと変わっていない。
わかっているんだけど、でも。
「私でお力になれるなら、お話お伺いします」
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