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「私が言いたいことは、もうわかりましたよね」
「いや、わかりませんけど」
首を振ると、彼は露骨に大きな溜息をついた。落胆具合が著しい。ガッカリさせてしまったのなら申し訳ない。
「あ、わかりました。彼女の生前の話を集めているんですね。もちろんお話しますよ。
彼女は全速力で走って来てくれたらしく、息を切らしていました。そのうえ、私が面接に向かっていると知ったら、「頑張って」と声までかけてくれて……」
「違う」
「え?」
「違うって言ってんだろうが。俺はそんなこと一言も言ってない」
ティーカップが震えるほどの重低音に、私は周囲を見回した。けれど、音源が見つからない。信じられないのだけれど、今のはこの人の声?
常に微笑みを湛えていたくちびるは不満げに歪み、爪の奇麗な人差し指が私の鼻先に突き付けられる。
「四辻、お前は細かい所を気にしなさ過ぎだ」
「えええ」
「そのキーケースを見たって苗字しかわからないだろう。どうして俺がお前の二週間前の行動を知っている? 他にも不自然なところはいっぱいあっただろう。少しは疑問に思え。何回会ってもチョロいな、お前は」
「店長さん……?」
「マスターと呼べ」
「マ、マスター? 私、このお店に来たのは初めてだと思うんですけど、その言いっぷり、私たち初対面じゃないんですか?」
「お前は初対面だろうが、俺は初対面じゃない」
「へぇっ?」
衝撃の展開に思わず間抜けな声を上げてしまう。
「俺には時間を巻き戻す力がある。だから、お前にこの話をするのは七回目だ」
「一体何を言ってるんですか?」
態度を豹変させたマスターは、心底面倒くさそうに額に掌底をあてた。
「俺が婚約者から受けている依頼は、被害女性の死の回避だ」
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