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「死の回避?」
現実離れした話に私は首を傾げた。他に言葉が出てこない。
「アホ面でオウム返しするな。二度と同じことは言わないから、言葉通りちゃんと理解しろ。曲解はするな。
俺は時間を巻き戻せる。その力を使って、被害女性の死を回避するんだ」
「冗談じゃないんですか?」
「お前と中身のない会話をするほど、俺は暇人じゃない」
「辛辣……」
何ひとつ飲み込めていないのだけれど、取り合えず私は理解したフリをすることにした。頭がついていかなくても、心がそう思い込んでいればきっと後から追いついてくる。
その受け止めにマスターは渋々理解を示し、話を続けた。
「ただ時間を戻すだけでは世界は一ミリも変わらない。同じ時間を繰り返すだけだからな。だが、俺はこの店から外には出られない。だから、時間が戻った世界で前回とは異なる行動を取り、世界を変える人間が必要になる。それがお前だ」
「異なる行動……忘れ物をするなってことですね。わかりました!」
「違う!」
マスターは拳をテーブルに叩きつけた。
「忘れ物をしないように気を付けることはできない。
俺にできることは時間の巻き戻しだ。今ここに居る人間を過去に送り出すことじゃない。記憶の持ち越しは不可だ」
「えっとじゃあ、この会話も全部忘れちゃうってことですか?」
「そうだ。だから、ここまで教えてやってるんだ」
どれだけ不遜な態度を取っても帳消しになるってうらやましいなという気持ちと、何度も同じ説明をしないといけないって大変だろうなという気持ちがぶつかり合う。
酷いことを言われているのはわかっている。けれど、それほど腹が立たないのは、私の中に彼との思い出の欠片が残っているからなのだろうか。
「だったら、どうしたらいいんです?」
「今日と同じことをする。B町に向かう前に、スピカがお前の気を引きこの店まで連れてくるんだ」
「なるほど」
そうすれば、被害女性が犯人と接点を持つことはない。殺人事件を回避できるということか。でも、面接の日に私がここに来るということは。
「私は面接に行けないということですか?」
「お前にしては察しが良いな。そういうことだ」
うれしそうに言ってくれるが、私にとってそれは軽い話ではない。面接に行かなければ、確実に就職試験に落ちる。職を失くすことになるのだけれど……。
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