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「あの、今さらこんなことを聞いていいのかわからないんですが、どうして、私なんですか? 同じことを犯人にすればいいのでは?」
「それはできない。俺が直接介入できるのは、了承を得た人間の人生だけだ。
だからこうして、多少遠回りになろうと、お前のようなお人好し……、話の通じる相手と交渉するしかないんだ」
原理はちっとも理解できないけれど、制約があるということか。
私は思案を巡らせ、代替案を捻りだした。
「ダメ元でやってみるというのは?」
私の提案に、マスターは冷ややかな視線を向けた。刃物のような鋭さが痛い。
「そもそも、人殺しをするような人間が己の人生に介入されることを了承するか? 万が一俺が殺されでもしたら、永遠に願いは叶わなくなるんだぞ。そんな危険なことができるか」
「ひぇ、それは確かにナシですね。相手は慎重に選ばないと」
「そういうことだ」
「じゃあ、私以外にも、交渉した人はいるんですか?」
「ここまで話すつもりはなかったんだが……」
「どうせ忘れてしまうのでしょう? だったら教えてください」
「この件に関して誰かの人生に介入したのはこれで四回目。お前で三人目だ。
はじめは依頼者自身の人生に介入した。けれど、彼は事件の一か月前から被害者とは会っていなかった。そのため、波及効果が大きくなるばかりで、望むような結果は得られなかった」
「被害者の方は?」
「被害者は依頼を受けた時点で亡くなっているから了承が得られない。俺は今から過去に時間を戻すことはできても、過去から過去に時間を戻すことはできないんだ」
「そういうものなんですか……」
「次に介入したのは被害女性が住むアパートの隣人だった。すると、被害者が二人に増えた」
彼は抑揚なく話したが、その表情は苦悶に満ちていた。
当たり前だ。自分の行動で被害者が増えるなんて、どれほど悔しかっただろう。その苦しみの深さを想像することもできない。
だけど、そもそも何故マスターはこんなことをしているのだろう。
聞く限り、他人の人生に介入することは決して楽しいことではない。特別な力を持っているから? だからって、彼がここまで心を砕かなければならないものなのだろうか。
本当は聞いてみたい。けれど、いずれすべてを忘れてしまう私には尋ねる権利がないように思えた。
「そうしている内に犯人の供述からと被害者の接点が明らかになり、そこにお前が関わっていたことがわかった」
「前回お前の了承を得た時には、自分で忘れ物に気付くよう、スピカに誘導させようとした。だけど、お前は細かいことを気にしないタチだからな、被害女性がお前を追いかけてくる方が早かった」
「すみません」
「だから、お前はもうカフェには近付けない」
「そうするしかないようですね……」
なんとかならないかと思ったけれど、私の就職先は避けられない犠牲のようだ。
「心配するな。協力してくれるなら、そこで生じた不利益は補填する。悪いようにはしない。
改めて問う。すべて理解した上で、了承してくれるか?」
冷めきった紅茶を飲み干し、私は笑った。
「わかりました。了承します」
「相変わらず、お前は躊躇わないんだな」
呆れを含んだ含んだマスターの笑顔は、カップの底に溶け残った砂糖のように甘かった。
”相変わらず”そう言えるほど、マスターは私と言葉を交わしているのだろう。私は彼を信じる。
「人の命よりも大切なものなんてないですよ。こう見えて私、結構したたかなんです。転職回数が一回増えるくらい、どうってことありません」
「厳密に言えば転職回数は増えないけどな。本来なら受かっていたところに落とされるだけだ」
「ハッキリ言葉にされると、ちょっと辛みが出てくる」
「……忘れろ」
「うう」
「感謝する、四辻。今度こそ彼らを救ってやろう」
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