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「美香子さん!」
ドアを開けてその先へと飛び込み想い人の名を呼ぶと、視線の先に街中のような風景と人影のようなものがあった。走り寄って近づくと、相手もこっちに駆け寄っているのがわかり少し走るスピードを緩める。
「太蔵さん!」
彼女は、確かにそこにいた。亡くなった、あの時と変わらない姿のまま。
「美香子さん、会えてよかった」
「どうして、太蔵さん。だってここは天国で」
「天寿を全うしてきたんだよ。あなたが、絶望する僕に生きろと言ったから」
彼女が死ぬ間際まで、僕は彼女の後を追うつもりだった。あらゆる手段を使っても彼女を助けることができなくて、彼女のいない日々にを想像するだけで苦しくて、あらゆる自殺の手段を考えていたのだ。けれどそんな僕に彼女は死に際、たった一言「生きろ」と言った。だから今まで、こうして生きてきた。けれど、天寿を全うした今ならいいだろう。
「あなたに、ずっと……会いたかった」
「……奥さんがいたじゃない」
「それでもあなたが、僕の心から離れた日なんてなかった。あの日から今までも、僕の初恋は続いてるんだ」
「……知ってたわよ。見てたもの」
「見てた?」
「あの泉」
そう言って彼女が指し示したのは、街中の景色の中にある広場のような場所の中心となっている噴水のらしきもの。その水面には、さまざまな映像が映っていた。
「あそこには、その人が望んだ現世の様子が映るの。ここから毎日あなたのことを見てたのよ」
「これが……」
噴水の近くに群がる人の隙間を縫うようにして近づき見てみると、そこには葬儀らしきものが映っていた。息子が喪主を務め、それなりに立派な葬儀を行ってくれているようだ。孫娘の綾香が泣いている。あの時、見舞いに来てくれた孫はきっと綾香のことだろう。他の孫である直樹や義也、和則は遠方で所帯を持ったため、なかなか見舞いに来れないと言っていた。だがあの三人も薄情だなんてことはない。その証拠に、三人も綾香ほどではないが泣いてくれていた。
ああ、愛されていたのだな。
「……素敵なお孫さんね」
「ああ。良い子供たちと、孫たちだ」
「だったら、なおさら」
「けれど、ここは死後の世界なんだから」
もう、生きてなどいないのだからいいだろう。
「生きている間に十分あの子たちに感謝は伝えたつもりだ。……彼女にも。だから、これからはあの日途絶えた初恋の続きを歩んでもいいだろう?」
「……もちろん。今までもこれからも変わらない、初恋だから」
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