【前編】地味と連呼された侯爵令嬢は、華麗に王太子をざまぁする。

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【前編】地味と連呼された侯爵令嬢は、華麗に王太子をざまぁする。

「フレア・シャトーライン、本日をもってお前との婚約を破棄する。調べたところ、お前は俺の婚約者であることいいことに、特定の令嬢に対して嫌がらせを繰り返していたようだな。地味で平凡なお前が、俺の威光を盾にするなんて烏滸がましいにも程がある。外見同様、静かに俺に従っていれば良いものを。そもそも、美しい俺が、なぜお前のような地味な女を婚約者にせねばならないのだ。シャトーライン家秘蔵の姫と聞いて、どれだけ美しいのかと思ってみれば、地味で平凡で口煩いだけの女だったとは。更に性格も悪いとなると、良いところなどないではないか。どう考えても、美しく完璧な俺に釣り合わないだろう」  他国との親睦のために行われている夜会の最中、王太子ダニエルは婚約者であるフレアに婚約破棄を突きつけた。その上、フレアのこと盛大に罵る発言に、会場はシンっと静まり返った。  ダニエルはそんな会場の空気に気がついていないのかふんぞり返っている。それとも「ふっ、みんなが美しい俺に見とれている」とかナルシスト全開の思考に耽っているのか──多分後者だろうと、ダニエルの性格をよく知るフレアはふぅっと小さくため息を吐いた。  ダニエルに寄り添うように可憐な少女が立っている。  伯爵令嬢のシェリー・マリアン。  彼女は、最近ダニエルのお気に入りのようで、共に過ごしているところをよく目撃されている。今日の夜会も、本来ダニエルは婚約者であるフレアをエスコートして会場入りするのが常識だが、常識のないダニエルはシェリーをエスコートし入場した。  ダニエルの婚約者がフレアだと知る多くの者たちは、そんな彼らを見て困惑しただろう。一人で会場入りしたフレアに対しても「え?何で?」的な視線が送られ少し困った。 「俺には、シェリーのように美しく可憐で妖精のような女が相応しい」  ふんわり可愛らしく巻かれた淡いピンク色の髪に、エメラルドグリーンの大きな瞳。小柄で可愛らしい顔立ちの彼女は、確かに妖精のように可憐だ。 「そんな、ダニエル様ったら」  恥じらうようにシェリーは瞼を伏せるが、口元が笑みの形にひきつっている。 (あらあら、器用な表情をしていますわね)  シェリーはダニエルにくっついているため、その表情が見えるのはフレアだけだろう。 「解りましたわ。そもそも、この婚約は仮契約のようなものでしたので、すぐに破棄いたしましょう」  チラリと壇上を見れば、王は片手で頭を抑え苦悶の表情を浮かべている。その隣の王妃は、完全に無表情だ。 (王妃様こわっ)  いつも朗らかで優しい笑みを浮かべている王妃の無表情は、怖い以外何物でもない。うっかり横目で隣を見てしまった王が「ヒッ」と小さな悲鳴をあげたのをフレアは聞き逃さなかった。 「仮契約とはどういうことだ。この期におよんで強がりを言っているのか?貴様にはシェリーに対して行われた嫌がらせの罰を与えなければいけないからな、強がりも今のうちだ」  お前呼びでも十分失礼だが、ついに貴様呼びになっている。 「殿下のおっしゃっていた『特定の令嬢』とはマリアン伯爵令嬢のことだったのですね」 「なにを白々しい。貴様がシェリーに嫌がらせをしていたのだろうが!自分が地味で取り柄がないからと、妖精のような彼女に嫉妬していたんだろう!!」  ダニエルが声を荒げる。 「まあ、嫌がらせだなんて……一体どのような?身に覚えがありませんので、詳しくお聞かせいただいても?」 「いいだろう。この場で貴様の悪行を知らしめてやる。後悔するなよ、この地味女が」  ダニエルは、いちいちフレアのことを「地味」と言わないと気が済まないのだろうか。それとも、フレアを挑発しているだけなのか……。 (地味なのは本当のことなので、連呼されても全く気にならないんですけどねぇ)  それよりも、どんどん顔色の悪くなる王の方が気になるところだが、ダニエルは気がついていない。  そのまま、ダニエルのフレアに対する断罪が始まった。 「まず、貴様はシェリーに度々「王太子に近付くな」と言っていたようだな。貴様にどのような権限があってそのようなことを言ったのだ。美しいく聡明な俺に、女が近づてくる事は自然の摂理だろう」  またしてもナルシスト全開発言である。 「どのような権限と言われましても、「王太子の婚約者」としてですが。そうでしょう?他国との公務について行こうとする彼女を諭すのは当然では?それに近づくなといっても、学園生活のなかで友人の範疇でなら問題ないとも言いましたわ」  他国の外交はただ親睦を深めるだけではない。様々な取引の場だ。それだけ秘匿義務もある。それなのに、婚約者でもない女性を連れていくなんて言語道断である。 「俺が許可すれば問題のない話だ。地味な貴様にそんな権限はない!それに、茶会でシェリーのドレスを破いたり、学園の階段から突き落とそうとしたそうだな。貴様の行いは殺人未遂といっても良いのだぞ!」 「殺人未遂……ですか?ちなみに、その証言はどなたからですか?」 「シェリーだ」 「彼女の証言だけですの?」 「彼女の言うことは地味な貴様とは違い、いつでも正しい。貴様は「真面目に勉学に励め」だの「特定の者だけではなく、多くの者からの言葉を聞け」だの小言ばかりだった。地味で平凡な貴様にそのようなことを言われ俺は腹が煮え返る思いだった。だが、シェリーは「ダニエル様は美しい」「わたしの言葉を聞いてくれる貴方はかっこよくて素敵」だといつも誉めてくれていた。だから、シェリーの言うことは全て正しいに決まっている!!」  要するに甘言しか聞く気がないと言っているのだが、ダニエルは自分の発言の意味に気がついていないのか、自信満々である。 「一応、殺人未遂とまで言われて、このまま流すのは私の名誉に関わるのでよろしいですか?」 「なんだ、言い訳があるのなら言ってみろ」  ダニエルが鼻で笑い、フレアの発言を促す。自分が正しいと疑っていない態度は、もはや滑稽である。 「はぁ、では。マリアンさんのドレスが破れたのは先日伯爵家の庭で行われたガーデンパーティーでのことですわね。たしかに私も招待されて、参加していましたわ。しかし、ドレスを破いたのは私ではありません。破いたのは伯爵家で飼っている子犬ですわ」 「は?子犬だと?」 「ええ、伯爵家には大変可愛らしい子犬を二匹飼っていますの。そのお披露目を兼ねてのガーデンパーティだったのですが、わんぱくな子犬たちが柵から逃げてしまいまして、彼女のドレスにじゃれて破いてしまったのですわ。そうでしょう、マリアンさん」  ダニエルに向けていた視線を、フレアはシェリーに向ける。その視線を怯える様子もなくシェリーは受け止めていた。 「ええ、確かにわたしのドレスが破れたのは子犬たちがじゃれついてきたからです」 「あら。では、どうして私がマリアンさんのドレスを破いたと殿下はおっしゃったのかしら?」 「それは……ダニエル様から、パーティーにシャトーライン様が参加していたか聞かれ「はい」と答えたからだと思います」  先程までダニエルに寄り添う可憐な妖精のようだったシェリーは、はっきりとした声で発言した。 「シェ、シェリー?」  普段と様子の違うシェリーの様子を察したのか、ダニエルが戸惑いの表情を浮かべている。 「それから、殿下に殺人未遂と言われた「階段から突き落とそうとした」件ですが、たしかに不注意でマリアンさんと階段でぶつかった事がありましたわね……」 「ふ、不注意などと白々しい。わざとぶつかって突き落とそうとしたんだろう」  気を取り直したように、ダニエルが叫ぶ。 「ぶつかった事は事実ですので、頭から疑われてはどうしようもないのですが……ところで、マリアンさん、私と貴女がぶつかったのは階段の何段目でしたか?」 「一段目です」  またしても、シェリーのはっきりした言葉がシンっとした会場に響く。 「え……一、一段目?」  ダニエルの声が、明らかに狼狽えている。 「ぶつかったと言っても少しよろめいただけです。シャトーライン様は念のためだと、わたしを医務室まで連れていってくれました。でも、ダニエル様は「シャトーライン様とぶつかった」ところしか話を聞いてくれなくって……いくら説明しても「君は俺に遠慮してそんなことを言っているんだな。あんな地味な女を庇うなんて、なんて心の清らかな女性なんだ」と聞いてくれなかったんですよね」  にっこりと微笑むシェリーは、女性のフレアからみても妖精や天使に見える。この微笑みを向けられれば、多くの男性は顔を紅潮させるに違いない。もっとも、今のダニエルは青ざめているが。 「そんな……どうしてだ、シェリー……」  どうしたもこうしたも、このやり取りを見れば分かるだろう。  王太子と一緒にフレアの婚約破棄に荷担している少女として映っていたシェリーは、どう見てもダニエルの味方ではないと、会場の誰もが分かった。
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