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指先に当たる固い感触――母から預かった店と実家兼用の鍵。
それを引っ張り出す前に麻衣の鼻先で引き戸が滑った。
「え?」
母から実家には誰もいないと聞かされていたのだが、違ったらしい。
「いらっしゃい」
少しアクセントのずれた奇妙な日本語。
ぬっと顔を見せた白い顔の青年に麻衣は眉間に深く皺を刻んだ。
「…………は?」
いらっしゃいませ、ということは泥棒ではない。
はちみつ色の髪と空色の目――すぐさまアクセントのおかしい理由は分かった。とはいえ、麻衣の知らない顔に違いはない。
「どうぞ、中に入ってください」
促されて、二の句を付けないまま見上げた高身長。
「……だれ?」
青年は「アヤシイ者ではありません」とあたふたと手を振るが、説得力はまったくない。麻衣の冷たい視線にひるんだように説明の言葉を継ぐ。
「僕は店主のオトモダチでお手伝いをしてるんです。雨が止むまでゆっくりお過ごしください。ああ、今、タオルを……」
麻衣を促すとあたふたと店の奥へと取って返す。
遠ざかる背中を見送って時が止まったような店内をぐるりと見まわした。
記憶と違わない景色――本棚と古い紙の匂い。
薄暗い店内に屋根を打つ息苦しい雨音が激しく響く。
彼方から聞こえる遠雷に肩越しに入口を振り返って眉をひそめた。
「コーヒーを用意しますので座ってゆっくりしていってくださいね。気に入った本があったら僕に声をかけてください」
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