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みーん、みんみん。
(………蝉、うるさい)
すだれ越しにきらめく真夏の日差しに目を細めた。
田舎の蝉フェスは朝から大盛況。
都会では聞こえない数種類の声が声を張り上げる。
ぼんやり眺めたこげ茶色の天井――三つ並んだ節の穴。
ムンクの『叫び』の顔のように見えて小さい頃は怖かった。
慣れない枕に幾度も寝返りを打っていたはずが夢の中。
一人旅のダメージは睡魔となって四肢に重くのしかかる。
緩い風に乗る、澄んだ風鈴の音。
気合を入れるように布団の上で大きく伸びをして、客間に忍び込むコーヒーの香りを吸い込んだ。
(いい匂い)
ひとたび目覚めた食欲の虫は睡魔を追い払って騒ぎ出す。
(……って、のんびりしてる場合じゃなかった今日はお見舞いにいかなきゃ)
アルに車を出してもらって祖母の見舞いに行く予定なのを思い出した。
時計を確認して飛び起きると階段を滑るように降りて洗面所へ直行。
黒髪を束ねて寝ぐせを誤魔化すと薄化粧を施して唇に色を乗せる。
仕上げに鏡に向かって笑顔をリハーサル。
最後に服装の乱れをチェックして、居間の襖を滑らせた。
「おはようございます」
声をかけると新聞を手に振り返ったアルと目が合って、心臓が跳ねた。
(初対面で……やらかしたんだった)
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