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俺は23歳にして家を買った。
別に大企業に就職して給料がすごく高いとか、自分で起こした会社が成功して億万長者になったわけでもない。俺はごく普通の入社したての会社員だ。
それなのに家を買ったなんて周りから見れば詐欺にあったとかやばいお金に手を出したとか思われるかもしれないが、実際はそうではない。
就職で実家を出るにあたって不動産に相談していたら運良く300万円で家が売られていたのだ。
ここだけを聞くと確実に詐欺なのだが、不動産の人曰く、この家に住むと声が聞こえるとかで入居してすぐに引っ越していく人が後を絶えないんだとか。
要するに幽霊物件で、300万だったのだ。
俺は幽霊なんて信じないし、たとえ本当に幽霊が出たとしてもこの値段で家が手に入るなら問題はないと思って買ったのだ。
そして今日が引っ越しの日、写真を見せてもらっただけで内見をしていなかったからもし住めそうになかったら何て心配も少しはしていたのだが、家の中に入ってみると新築のように綺麗で明るい家だった。
「今日からここが俺の家か……」
初めての一人暮らしに心を躍らせていると呼び鈴が鳴った。どうやら荷物が届いたようだ。
それから数ヶ月が経ち、荷物が片付いて仕事も始まり、ようやく生活感が出て来て落ち着いた頃にソレはやって来た。
「…れ……て……」
どこからか声が聞こえたのだ。家の近くに誰か居るのかと思い、カーテンをめくって外を確認してみると誰も居なかった。
「てれ……つ……て……」
しかし、声が止む事はなく、心配になった俺は念のため家中を回ってみたが、結局何も見つからなかったのできっと仕事の疲れだろうと思い、リビングに戻ってテレビをつけ、お笑い番組を見ることにした。すると、今度は笑い声が聞こえて来た。
「ひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ」
「だ、誰か居るのか?」
奇妙な笑い声が響く部屋の中で俺はテレビのリモコン片手に戦闘態勢であたりを見回す。
「あれ?もしかして僕が見えてるの?」
「ゆ、幽霊なのか……?」
「違うヨォ? 僕は家だよ!」
見えない何かがそういうとリビングの壁が盛り上がり顔が浮かび上がった。
俺はこの時叫んだと思う。しかしあまりの恐怖にそのまま気絶してソファで眠ってしまっていた。
鳥のさえずりで目を覚ましたのは太陽が真上に来る頃だった。流石に夢だったかと思い壁を見ないように洗面所に行き、顔を洗ってリビングに戻ってくるとやはりソレは居た。
「やっほー」
「ぅうぁぁあ! なっんで居るんだよ!」
俺は怒りと恐怖が混ざってなんて言っていいのか分からないまま取り敢えず叫んだ。
するとソレは少ししょんぼりとした顔をして落ち込んでいるように見える。もしかしたら悪い奴ではないのかもしれない。
「……お前何なんだよ」
「ぼく、ぼくはね、この家の妖精みたいなものだよ。」
家の妖精って何なのだろうか。座敷童子的な?幸運を呼び寄せたりするならいいが、疫病神なら出ていってほしい。
「別に何もしないよ? 良いことも悪いことも、何も出来ないし……あ、でも話し相手にはなれるかも!」
「そうか……じゃあ何でこんなところにいるんだ?」
「えぇと、この家が建てられた時からここに居るからわかんないや。壁や床の中を自由に行き来できるよ」
よく分からないがこいつは今までの俺の生活を見ていたということか。普通に嫌だ。
「ごめんよぉ、でも僕、邪魔はしないから出て行かないでくれよぉ」
「何で俺が出ていくんだよお前が出て行けよ。」
妖精だか何だか知らないがちゃんとしたお金でこの家を買ったのは俺だ。所有権はもちろん俺にある。先に住んでた奴を追い出すのは申し訳ないとは思うが俺が出ていくつもりは一切ない。
「えぇ! 僕この家から出る方法知らないよぉ……邪魔はしないからそんなこと言わないでよぉ」
「チッ……絶対に邪魔すんなよ? あと、寝室、トイレ、浴室は見るな。分かったな?」
「ありがとう! 約束は守るよ。これからよろしくね。」
こうして喋る家?と俺の奇妙な生活が始まった。
最初は自分の家に知らない奴がいる事に嫌悪感を感じていたが次第に慣れていき、いつのまにかよく喋る仲になっていった。
泥酔して帰って来た日には床を動かして部屋まで運んでくれたし、仕事で辛い事があった時には話を聞いてくれた。昼に暇をしないようにテレビをつけて仕事に出かけたら料理番組でやってた簡単なレシピを教えてくれたり、その日のニュースや明日の天気予報を教えてくれたり。
最初に出会った頃は馬鹿で話の合わない嫌なやつかと思っていたけど、意外と大人でめちゃくちゃ気があうって気付いてからは親友みたいに毎日を過ごしていた。
そして、いつもと変わらないある日のこと。
「ひゃっひゃっひゃ本当にこの番組面白いね〜」
「そうだな、特にこの芸人さんが……」
夜、テレビを見ながら話していると呼び鈴が鳴った。
「こんな時間に誰だろうね?」
「ちょっと見てくるよ。戻ってきたらこの後どうなったか教えてくれ。」
「はーい」
俺は玄関に向かっている途中に何だか変な匂いがして、嫌な予感が頭をよぎった。そして扉を開けるとその予感が当たってしまった事に気が付いた。
「近くの家が燃えてここまで火が! あなたも早く逃げてください!」
そう言って走って行ったのは何回か見かけたことのあるお隣さんだった。
俺は急いでリビングに戻ると壁が悲しそうな顔をしていた。
「僕は逃げられないよ……」
「そんな……! どうにか逃げられないのか?!」
どうにか連れ出せないものかと考えていると数十秒前に開けたはずの玄関がすでに燃え始めていた。
「僕のことはいいから! 早く逃げて……! 今まで楽しかったよ……」
「まってくれ! まだ方法があるかもっ……うっ、ゴホッ」
「お願い、逃げて! 僕もどうにか頑張ってみるから!」
じわじわとリビングが焼け焦げて煙で満たされていく。俺は壁の言う通り急いで窓から脱出した。
そして、家はそのまま全焼してしまった。頑張ってみると言っていたけど、どうしようもないってことは分かっていた。
それなのに壁を置いて俺だけ助かってしまった。あいつは人間じゃないけど、それでも俺にとっては大事な親友だったのに……
それから数日が経った。俺は花束を持って燃え尽きた家の中にいた。
「なぁ、本当にいないのか? 花、供えようと思って持って来たけど、もしかしたら生きてるんじゃねぇかって思ってて、それで……」
真っ黒で誰もいない部屋に話しかけても返ってくる言葉があるはずも無かった。
「ごめんな……助けられなくて……」
それからさらに時間が経って家の解体作業が始まった。俺は一つ一つ解体されていく家の残骸をただじっと見ていた。
すると一人の作業員がこちらに向かって走ってくる。毎日見に来ているのが迷惑だったのだろうか。
「あのー、すみません。この家の方ですよね。地下室が残っていたのですが、物とか置かれてますかね?」
「地下室ですか……?」
この家に住んで1年以上経っているが地下室があるなんて知らなかった。俺はもしかしたらと少しの期待を胸にすぐさま地下室に足を踏み入れた。
「おーい、居るか? いるなら返事してくれー」
「その声は……まさか! そこにいるの? 僕はここにいるよー!」
地下室の奥に携帯のライトを当てるとそこにはいつもの親友の顔があった。
「お前、こんなところにいたんだな……良かった……」
「僕も会えて嬉しいよ! ここはどこ? 僕、真っ暗で地獄に堕ちたのかと思ってたよ」
「ここは庭にある地下室だ。あぁ、本当に無事でいてくれて良かった……」
「どうにか必死に逃げようと家の中をぐるぐる回ってたらこの真っ暗なところに来ちゃってもうダメかと諦めてたんだけど……そっか、地下室があったんだね……助かったんだね……」
俺たちは作業員に変な目で見られながら泣いて再開を喜んだ。
そしてさらにさらに時間が経った。
「じゃあ今日は家の立て直しが終わったと言うことで、二人でパーティーだー!」
「いぇーい! 僕たちの家が完成したねー!」
「一時はどうなることかと思ったが、またこうして一緒に暮らせて良かった。これからもよろしくな!」
「僕も一緒に暮らせて嬉しいよ、こちらこそよろしく!」
こうして俺たちはピンチ?を乗り越えて幸せに暮らしましたとさ。
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