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(……なんでこんな人と、こんな事になったんだろう?)
ぼんやりと思いながら、私はモソモソと布団の中に潜って肩を隠す。
「一年半ぐらいの付き合い」
二十三歳の春に告白されて、今は秋だ。
「ふーん。……好きなの?」
「……分かんない。でも、求められてるとは思う」
そう返事をすると、ポチくんは「はっ」と鼻で笑った。
「モラが依存してるだけじゃん」
歯に衣着せない言い方をされ、何となく、憑きものが落ちたような気持ちになる。
「……そう、なのかもね」
「別れたい?」
「分かんない。それほど好きでもないし、嫌いでもない」
「大切?」
「……ではないと思う」
「体の相性いい?」
もっと深い事を尋ねられ、私は少し口ごもる。
「……昨日ほどじゃなかった」
「ふーん」
彼は嬉しそうに口端をもたげる。
「俺とまたシたい?」
尋ねられて、昨晩とんでもなく感じて、自分じゃないぐらい喘いだ事を思いだす。
正直、あれで価値観がひっくり返った。
勿論、孝夫くんとのセックスよりずっといい。
可能ならうまい人としたい。
でも……。
黙っていると、別の質問をされる。
「気持ちよかった?」
「……気持ちよかった」
「どうしてこいつと付き合ってるの? 求められるから? 求めるなら誰でもいい?」
「……分かんないよ。なんで昨日会ったばかりのあなたに、そこまで言われないとなんな――」
言い返そうとした時、ポチくんが私の上に覆い被さってくる。
「俺、めっちゃ気持ちよかった。あんたともっかいしたい。ずっとしたい」
そう言って、彼はニィ……と笑う。
その笑顔を見た途端、関わってはいけないタイプの男性を拾ってしまったと、遅まきながら気づいた。
「こいつと別れよっか」
私のスマホをプラプラと片手で弄びながら、ポチくんが笑う。
「そんな……っ、勝手に……」
焦りを覚えてスマホを取り戻そうとしたけれど、たやすく片手で両手首をいましめられてしまった。
「ちょ……っ」
「はい、3、2、1……」
ポチくんは楽しそうに言って、インカメラにしたスマホで二人を撮る。
彼は下着一枚の姿で、私は全裸。
画面には私がベッドの上に仰向けになり、乳房を晒した姿が写った。
「はい、そーしん」
「あ……っ」
何か言おうと思った時には、もう遅かった。
ポンッと音を立てて、写真が孝夫くんに送られる。
そのあとは、凄まじかった。
ひっきりなりに孝夫くんからメッセージが来て、次々に私を責める言葉が送られてくる。
あー……。終わった……。
【これからお前の家行くからな!!】
最後にそうメッセージがあったあと、スマホは沈黙を取り戻した。
「……どうすんの……」
私は仰向けになったまま、うんざりとして呟く。
「助けてあげようか?」
ベッドの上であぐらを掻いたポチくんが、ニヤニヤ笑って言う。
「完全なマッチポンプをしておいて、何言ってるの」
諦めきった私は、何の気力も湧かずぐったりしている。
「まあまあ、俺に任せてよ。大して好きじゃなかったんでしょ? で、このモラ具合だったなら、別れようにも別れを切り出せずにいた。違う?」
見透かしたように言い、ポチくんは酷薄に笑う。
「…………そう、だけど……」
ここまで言われれば、自分が本当はどう思っていたのか思い知らされる。
結局、私は別れを切り出して責められ、喧嘩になり、悪者にされるのを怖れていただけだ。
「…………告白された時、そんなに好きじゃないなら、OKしなければ良かった」
呟いた私の頭を、彼は優しく撫でてくる。
「世の中、そんなもんじゃね? 風呂敷に包まれた何か良さそうな物を渡されても、その中身が〝どう〟であるかは誰にも分からないよ。その段階で『見知らぬ人から受け取れません』って断れる人もいるし、『中身を確認してから判断しようかな?』っていう人もいる。あんたみたいに〝いい人〟なら、無下に断るのも悪いからまず受け取ろうって思うんじゃない? フツーだよ」
「……そうだね」
言われた言葉がスッと胸の奥に入っていった。
「いざ付き合ってみたら、相手の嫌な所がポコポコ見えて『こんなはずじゃなかった』って思ったんだろ? あるあるだけど、ちゃんと自分から切れる人は、付き合って数か月には違和感を抱いて〝決断〟すると思う。違和感や嫌悪感に気づいていながら、一年半もズルズル付き合ったのは悪手だったな」
「……はぁ……」
何もかも言われる通りで、溜め息をつくしかできない。
グチャグチャになるまで抱かれ、言ってしまえば身も心も〝すべて〟見せてしまった彼に、もう取り繕うものはない気がした。
私はポツポツと本音を口にする。
「……求められるのが嬉しかったの。彼のためにご飯を作って、他にも色々してあげて。自分に依存してる孝夫くんを見て満足してた。……そうしないと、自分に価値があるって思えなかったのかな」
あまりに情けなくて、溜め息が漏れる。
「孝夫くんは『俺がいないとこいつは駄目だ』って思っていたと思う。……そんな彼の気持ちを知った上で、私は自分が〝譲歩して受け入れた〟事で優越感を抱いていた」
私は両手で目元を覆う。
「……彼を見下していたんだと思う」
孝夫くんと付き合っていて、節々に嫌だなと感じるところはあった。
でも依存されるのが気持ちよくて、「この人は私がいないと駄目になる」「何もしてあげないとただの駄目男だ」と自分に言い聞かせていた。
「好き」か「嫌い」かで言われたら「嫌い」だった。
だけど自分の欲を満たすために、妥協して付き合っていた。
「そういう関係は、きっと長続きしないよ」
ポチくんに言われ、私は両手で目元を覆ったまま頷いた。
「……そうだね。……丁度いい幕引きなのかも」
これから修羅場が訪れる。
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