【完】犬を拾ったら躾けられて飼われました

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 準備をしてシャンと気持ちを入れ替えようにも、昨晩飲み過ぎて、沢山セックスして、体がだるい。  それでもシャワーを浴びようと思って、ポチくんを振り向く。 「シャワーを浴びるけど、帰るなら帰っていいよ」  私は床に落ちていたパンティを穿き、衣装ケースから被るだけのスウェットワンピースを出して着る。 「なんで? 俺が彼氏に喧嘩売ったんだから、俺が買わないと筋が通らないだろ」  なのにカラリと言われ、何と答えたらいいか分からなくなる。 「……好きにして」  溜め息混じりに言ったあと、私は着替えを持ってバスルームに向かった。 (……シャワー、入ったんだ)  バスルームの電気をつけると、スクイージーで水気をとったものの、床が濡れているのが分かった。 「……まぁ、いいけど」  呟いて私は服を脱ぎ、歯磨きをしてメイクを落としてから、バスルームに入った。  ドライヤーで髪を乾かしてバスルームを出ると、服を着たポチくんがソファに座っていた。 「彼氏、どれぐらいで着く?」 「……そろそろかも。三十分ぐらいだから」 「ふーん。なんか飲んで待ってようか」 「そうだね」  もう逆らう気力もなく、私は頷く。  とりあえずお湯を沸かして、紅茶を淹れ始める。 「……ねぇ、本名は?」  キッチン台に寄りかかり、私は彼にそもそもの質問をする。 「名前なんてどうでもいいじゃん」 「……でも〝ポチ〟なんてあからさまな偽名を名乗られたら、どう捉えたらいいか分からないよ」 「そりゃそーだけどさ。じゃあ、山田太郎とかにしておく?」 「もー……」  答える気のない彼に、私は溜め息をつく。 「あんた、みゆきって言うんでしょ? トークルームで見た。何みゆき?」 「……自分は名乗らないのに……」  文句を言っても、彼はケラケラと笑うだけだ。  ……というか、どうせポストを見たらすぐバレるから仕方ない。 「……橋本美幸。美しい、幸せ」  自己紹介しながら、皮肉だなぁ、と唇を歪める。  母が亡くなってから、私の人生は人を支える事に徹底してきた。  その中で、個人の幸せを感じた事はほぼないと思ったからだ。 『私がやらないと』  その想いに駆られて家事をしたけれど、父と弟は家族だからか、あまり「ありがとう」と言わない人だった。  勿論、お礼を言ってほしくてやった訳じゃない。  私がやらないと家族が崩壊する気がしたから、〝私の役目〟と割り切って家事をしていた。  お礼の言葉は、必ずしも言わなければならないものじゃない。  でも、言わない事によって少しずつ相手の不満が増していく。 『ご飯作ったのに、美味しくなかったのかな』 『誕生日プレゼントあげたけど、嬉しいのか嬉しくないのか分からない。要らないならそのお金で自分の物を買いたかったな』 『私は家政婦なんだろうか』  そういう思いがこみ上げてくる。  会話だって、向こうから言葉を返してもらえないとつまらないし、空しくなる。  私はずっと一人で空回り続け、誰にも反応をもらえない事に疲弊していた。  ……だから、私が〝してあげる〟事で甘えてくる孝夫くんに、依存したのかもしれない。 「いいじゃん。美幸。いい名前だよ」 「……ありがとう」  紅茶のティーバッグを二つ開け、マグカップを二つ用意する。 「昨日、どうしてあんな所にいたの?」 「どうしてだろ?」  分かっていたけど、ポチくんはまともに答えてくれない。 「もー……」  私は二度目の嘆息をする。  マグカップにお湯を注いで三分待つ間、とうとう〝その時〟がきた。  ピンポーンとチャイム音が鳴り、私は溜め息をついてインターフォンの液晶を見る。  画面には孝夫くんが映っていた。  私は無言でオートロックを開け、彼を中に入れる。 「はぁー……」  そして盛大な溜め息をついた。  小さな液晶越しに、彼が激怒しているのが分かるからだ。 「ま、心配するなって。俺が守るから」  気軽に言うポチくんを、私は「どの口が言う」という目で睨んだ。 「お前、俺がいながら男とヤッたのかよ! 誰だよそいつ!」  玄関のドアを開けるなり、そう怒鳴られた。  私はもう弁解する元気もなく、彼の怒りが収まるまで怒鳴られる事にした。  こうなった孝夫くんを止めるのは無理だと、経験上分かっている。 「おー……、予想以上のモラだな。返ってすげーわ。モラコンテストで上位狙えるんじゃね?」  でもポチくんの失礼すぎる言葉に、さすがの孝夫くんも一瞬言葉を失った。 「何……、お前……」  人は自分の常識を越える存在に会うと、一瞬固まってしまうのかもしれない。  自分の頭の中に照らし合わせる〝サンプル〟がないから、どう判断したらいいか困ってしまうのだ。 『学校で習ってないから、分からない』という考え方に似ている。  そして、孝夫くんのようなプライドの高い人は、分からない事を認めたくないから、自分の知っている一番近い答えで判断しようとする。  戸惑ったのも一瞬の事で、孝夫くんはすぐ嘲った表情になった。 「ハッ、こんな金髪の頭悪そうなガキとよくヤッたもんだな。頭の中身が似た者同士だから、惹かれ合ったのか?」  馬鹿にされたけれど、ポチくんは逆上せずニヤリと笑う。 「見栄を張るために、時計は十万ぐらい。でもシャツはヨレヨレでアイロンも掛けてない。人にやってもらわないと、自分ではできないのかな? 家ではママにやってもらってた?」  揶揄され、孝夫くんは顔を赤くして怒る。 「安物のTシャツジーンズのお前に言われたくないね!」 「あれぇ? 外見で判断されたくないの?」 「それはお前だろう!」 「美幸には『外見がすべてだから、俺の隣にいる時は常に綺麗でいろ』なんて言ってたんだって? やだなぁ、モラって」  そう言って、ポチくんはフゥーッと煙草の匂いがする息を吹きかけた。
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