【完】犬を拾ったら躾けられて飼われました

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「この……っ!」  激昂した孝夫くんは、拳を振り上げて彼を殴りつけた。 「駄目!!」  私はとっさに叫ぶ。  どんな事があっても暴力は駄目だ。  けれどポチくんはその一発をあえて頬に受けてから、乱れた金髪を手で掻き上げながら、カウンターで孝夫くんを殴りつけた。 「ぎゃっ!」 「っきゃあっ!」  孝夫くんは言葉こそ威圧的だけど、喧嘩慣れしてない。  彼はくぐもった悲鳴を上げたあと、タラタラと零れる鼻血を見てよろけた。  そんな孝夫くんの襟元を、ポチくんが掴み上げる。  片手なのに凄まじい力で孝夫くんの胸元を掴み、もう片方の手で煙草に火を付けて、フーッと彼の顔に煙を吐いた。 「殴るのってコツがいるんだよ。喧嘩した事のない奴は、自分の拳を痛める殴り方しかできない」  嘲るように言ってから、ポチくんは私を振り向いてヒラヒラと手を振った。 「美幸、ちょっと奥行ってて」 「え、な、なんで……」 「いいから」  言われて、私は部屋の奥へ行った。 「ちょっと来いよ」  ポチくんは煙草を咥え、孝夫くんの襟元を掴んだまま、彼を外に引きずっていった。  そのあと、外で二人が何をしていたのかは分からない。  私はベッドにもたれ掛かって、床の上で膝を抱えていた。  やがて玄関のドアが開き、ポチくんが入ってくる。 「もう心配しなくていいよ。あいつは美幸に近づかない」 「……何をしたの?」 「〝話〟をしただけ。あれ以上暴力はふるってないし、本当に話し合っただけ」  ポチくんは私の側に座り、ポンポンと頭を撫でてくる。 「約束通り、モラ男は俺が退治した」  目を細めて笑い、ポチくんは愛玩するような目つきで私を見つめる。  それを見て、――察した。  彼は〝お返し〟を求めている。  私を見ているこの目は、捕食者のそれだ。 『ハイエナを追い払ってやったから、俺の獲物になれ』とライオンが言っている。 「……何を求めているの?」  そっと尋ねると、ポチくんは嬉しそうに笑った。 「半年、俺をここに置いてよ。時間が空いてるんだ。行く場所がなくて困ってる。美幸は人の面倒を見るのが好きなんだろう? なら、丁度いいじゃないか。俺を置いてくれたら、代わりに気持ちいいセックスをする。男が住んでたら防犯にもなるだろ?」  そう言われ、私は逆らう気力もなく頷いた。 **  その日から、私とポチくんと正式に同棲し始めた。  家に帰ったら「お帰り」と言ってくれる人がいるのはいい事だ。  彼のために料理を作るのも、悪くない。  ポチくんは家にいるだけと思っていたら、機械音痴の私の代わりに色んな設定をしてくれたり、水回りの掃除をしてくれた。  どう考えても無職に思えるのに、毎月「生活費」と言って私にポンと十万円を渡してくる。  謎で堪らないけれど、私は詮索しないと決めていた。  いつ消えてしまうか分からない、フワフワとした彼をここに留めておけるのは、今の曖昧な関係が一番だと思ったからだ。  本名を聞き、本当はどこに住んでいて、家族構成を尋ね、なぜあそこにいたのか……なんて聞いたら、彼は猫のようにフラッといなくなると直感で分かっていた。  だから、このままでいい。  煙草の味がするキスをして、ドロドロになるまで抱かれる。  私は彼とのセックスでなければ、満足できなくなっていた。  乳首だけで達けるようになったのも、ポチくんのせい。  ちょっと怒ると、私がぐったりするまで長時間口淫して「ごめんね」と甘えてくる。  感じさせて「分かったからもうやめて」と言わせ、「なら許してくれる?」と言ってくる。シンプルにクズだ。  逆に私が怒らせてしまったら、お尻と蜜孔に道具を入れられ、お尻を叩かれて絶頂させられる。  そのあと、何回も潮を噴いて気絶するまで犯された。  普段の生活では私が彼の面倒を見て、ベッドではポチくんが私を支配して調教する。  それまでは知らない、いやらしい事も沢山教えられた。  一方で孝夫くんは、本当にその後パッタリと姿を見せなくなった。  連絡もよこさなくなったので、不気味なぐらいだ。  けれどそれを好機だと思うようにし、私は孝夫くんの連絡先をすべてブロックした上で削除した。 ** 「ねぇ、美幸。ヒモ男と暮らしてるんでしょ? 大丈夫? 長くない?」  会社での昼休み、亜子が心配して言う。  その頃には、ポチくんと暮らし始めて約束の半年が経とうとしていた。  ぼんやりしている私を気遣ってくれる亜子にだけは、私が〝同居人〟と暮らしている事を教えていた。  彼女は最初とても心配してくれた。  でもポチくんは、亜子が心配しているような事――、お金や貴重品の持ち逃げなどを決してしなかった。  猫のように気ままに寝て、起きて、ご飯を食べて散歩をして、私を抱く。  時々スマホで誰かとやり取りをしているようだったけれど、誰かは分からなかった。 「大丈夫だよ。心配しないで」 「でもさ、もっと将来性のある人ときちんと付き合って、結婚も視野に入れたほうがいいよ? 今日、医者と合コンあるんだけどどう? 久しぶりに一緒に行かない?」 「でも……」  ポチくんに何も言っていないのに、合コンに行くなんて……と、私は渋る。 「そいつと恋人なの?」  尋ねられ、言葉に詰まった。  そういえば、私は彼に一言も「好きだ」と言われていない。  私だって、彼への感情が何なのか確認していない。  当たり前に家にいるから、〝そういうもの〟だと思っていた。
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