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こんなふうに別れを迎えるとは思わなかった。それなら、もうちょっと、ゾンビ映画のDVDを買ってやったのに。
俺の目から見たら、亜弥には余裕があるように、演技しているように見えた。それなのに逃げなかったなんて。本当は幽霊であることをやめ、成仏したかったのだろうか。
俺は何もわかっていなかったのか。
ビジネスホテルを引き払い、帰る。
家のそばまで来ると、あの亜弥と出会ったレンタル屋がまだ、やっているのに気づいた。また、ホラー特集らしい。もしかすると、店長は亜弥と好みが似ているのかもしれない。『世田谷ゾンビ』の横に『巣鴨ゾンビ』がある。そのDVDをレンタルした。俺の家には仏壇はないが、このDVDをテレビ台の上に置いて、亜弥の供養としよう。
そう思っていたのに、家に入ると、女性の声がする。テレビだ。
「亜弥っ」
慌てて中に入ると、亜弥はのんきに寝転がって、テレビを見ていた。
思わず、抱きしめたが、もちろん、俺の腕は亜弥の体をすり抜ける。
「どうして、ホテルに戻って来なかったんだ」
「うちに行きますって言ったじゃない」
「うちに、なんて聞いてない。それに俺がなかなか帰らないなら、様子を見に来てくれてもいいじゃないか」
ビジネスホテルで二日も待っていたのだ。
「いや、ちょっと、忙しくて」
亜弥の目が泳ぐ。まわりにはDVDが散らばっている。
「俺がいない間がチャンスだと思って、ずっと映画を見てたな」
「ごめん。いやー、さすがにあのピンチを切り抜けたんだから、自分にご褒美が欲しいなあと思って」
俺はため息をついた。そうだ、こういう奴だった。
「あの光を見て、てっきり、お前が成仏したと思って、焦ったんだぞ」
「ああ、あれ、びっくりするよね。最後の瞬間に私は逃げて、あそこにいた地縛霊が成仏したの。道元だっけ。なかなかの霊能力者だったけど、目は良くなかったみたいね。成仏したのはわかっても、誰かしたかはわからないなんて」
抜かりないところが亜弥らしい。本当に無事でよかった。
「お土産だ。レンタルだけど」
俺はDVDの袋を亜弥に渡した。
亜弥は中を見て歓声をあげた。
「さすが、わかってる!」
きっと、このゾンビシリーズが終わるまで、亜弥は成仏する気なんてない。それにこのシリーズが終わっても新しいゾンビ映画は切りなく作られるのだ。
それにしても、ゾンビ映画に感謝する日が来るとは思わなかった。
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