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笑顔を引っ込めて、社長をキッと睨みつけた。
「私は、運命の番になるつもりはありません」
社長が意外そうに片眉を上げる。心底不思議そうな口調で、
「なぜ? 雨宮はアルファなのに、言いなりになるオメガが欲しいと思わないのか」
何を言っているんだ、この男は。
私は黙ってグラスに手を伸ばした。
食前酒は花みたいな香りがして、一口飲むとシュワシュワした感覚が胃の奥に滑り落ちていった。
瞼の裏に蘇るのは、姉の顔。七年前、姉を亡くしたあの日から、一度だって運命の番が欲しいなんて考えたことはない。
でもそれを、この目の前の恵まれていそうな男にペラペラ喋る気にはなれなかった。
グラスを干して、ドンとテーブルに置く。マナーなんかどうでもよかった。
「アルファがどうとか関係ありません。私はあなたが気に入らない。以上」
社長の瞳にも鋭い光が宿る。
火花の散りそうなほど激しく、視線が宙空でぶつかった。
どうしてか社長の表情が苦しそうに歪んでいく。
やがて彼は私を睨んだまま、宣言するように言った。
「だとしても、俺は必ず雨宮を運命の番にする」
それがどういう意味なのか聞く気も起きず、私は席を立つ。
大股に個室席の戸口へ向かったとき、目の前で扉が開いた。
見知らぬ男と目が合う。
緩い癖毛にカラーレンズの眼鏡をかけた、背の高い男だった。
男は値踏みするような目つきでじろじろ私を見回すと、フッと鼻を鳴らし、席に向かって声をかけた。
「柾、この女は誰だ?」
それはこっちの台詞だよ。
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