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運命の番ともなれば出会い方さえもドラマチックなのかと白けた気分で話を聞いていた。
「婚約者は『運命の番』に出会ったことを理由に、姉を捨てました。姉とは四年ほど付き合っていましたが、その間に積み重ねたはずの想いを全部踏み躙って、番を選びました。――その後、姉は自ら命を絶ちました。遺体を発見したのは、私です」
線香の煙の向こう側に、あの日の光景が浮かび上がる。
あの日は朝から曇っていた。
夜になったら雨が降るとテレビのお天気キャスターが話していて、私は洗い物をしている姉に声をかけた。
『お姉ちゃん、今日は何時くらいに帰ってくる?』
『たぶん、早めに帰れると思うわ』
洗い物をする音には淀みがなかった。
食器の触れ合うカチャカチャという響き。泡をすすぐ水の流れ。
『本当? じゃあ夕飯お願いしてもいい? 私、今日は部活で遅くなっちゃうんだ』
玄関で振り向いて、姉に言う。姉はにこっと笑って頷いた。
『いいわよ。カレー作っておくわ』
『お姉ちゃんが夕飯作るといつもカレーじゃない?』
『得意なんだもの。ねえ茉優』
姉がキュッと水道を止めて、手を拭きながら言った。
『傘、忘れないようにね』
それが生きている姉を見た最後。
その夜、予報通り雨が降り出して、私は傘をさして家に帰った。
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