デート

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「だから、私は決めたんです。絶対に運命の番なんて作らないと。誰かの気持ちを踏み躙って、傷つけるようなことはしたくない。それなのに、傷ついた誰かを踏み台にしても、平気でいられるのがアルファなんです」  耐えられなくなって、両手で顔を覆った。 「私は、そんな生き物になるのが、堪らなく怖い――」  掌の作った暗闇の中、すぐ近くで砂利を踏む音がした。 「茉優」  柔らかな声が耳朶に触れる。温かな人の体温に包まれる。  この温度は知っている、と思った。柾さんだ。 「自分で自分を傷つけるのはもうやめろ。お前はそんな事できる人間じゃない。俺が保証する」 「そんなの、分からない……っ」 「俺には分かる」  強く頭を抱き込まれる。大きな掌が宥めるように背中を撫でる。 「ずっと見ていたんだ。茉優の意志の強さは、俺が一番知ってる。茉優がそうありたくないと思うなら、お前は何があってもそんな生き物にはならない」  確信に満ちた口調だった。  私は柾さんの胸元に顔を埋める。落ち着く香りがする。  オメガのフェロモンとは違う、一緒に暮らして馴染んだ匂い。  この人の言う事を、信じられたらいいのにと思った。  何も考えず、微睡の中、鵜呑みにできるくらい純粋であれたら良かったのに、と。  もしかしたら、世界はそれを愛と呼ぶのかもしれないけれど。
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