運命の番

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「俺の、スーツの、内ポケットに、抑制剤が入ってる……取って、飲ませろ」  掠れた声で告げた瞬間、彼はバタンとその場に倒れた。  乱れた前髪が苦悶に閉ざされた目元にかかって、ひどく色っぽく見えるのは、アルファである私もまたフェロモンにあてられているからだ。 「何……? スーツの内ポケット……?」  おずおずと側に跪いて、手を伸ばす。  少し気を抜けば、汗の浮いた社長の額に勝手に触れてしまいそうだっだ。  苦労しながら薬剤シートを取り出して、錠剤を社長の口に含ませる。  薄い唇が指先を掠める感覚に気が狂いそうだった。 「ど、どうですか」  社長は答えない。それどころか、症状はどんどん悪化しているような気がする。 「……雨宮、お前、アルファ、か」  やがて、社長がおもむろに頭をもたげた。  切れ長の綺麗な瞳を熱に潤ませて、途切れ途切れに言う。 「俺の、ヒートは、まだ先だ。定期的に、抑制剤も飲んでる、し、今だって、かなり強力な頓服薬を飲んだ、のに、効かない、ということは……」  その双眸が私を捉える。形の良い唇から、甘やかな声がこぼれ落ちた。 「お前が、俺の、運命の番だ」  あ、これダメだ。  一際強く心臓が脈打って、ただ目の前の男を我が物にしたいという衝動が体を貫いて——私は覚悟を決めた。 「すみません、これ買ってお返ししますので」  手元の万年筆の蓋を開け、その尖った先端で、私は自分の掌を突き刺した。
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