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近くのテニスコートから笑い声が聞こえる。木々と校舎で影になっている一角で、升野正太は目の前で、自分が告白した相手が笑うのを見た。
――これは!
期待に鼻が膨らむ。ずるりとメガネが落ちそうになって、慌てて押さえると、明るい声がその場に響いた。
「升野くんとはもう少し友達でいたいな」
えっ、と口から漏れた声は、ナイッショーという声にかき消された。
「だから、これからもよろしくね」
夏というには早すぎる6月。正太は大学に入学してから実に三度目の失恋を迎えた。
これは、振られたでいいのだろうか。
告白から20分後、正太はすっきりとしない気持ちを抱えたまま、黄色と赤色に塗られた2両の電車を前に、考えていた。
流山から馬橋をつなぐ流鉄線は、自転車で走れる距離でしかないが、住人たちには重宝されている。なにしろ、昔からこの地に住み生きてきた若者はすっかりおじいさんおばあさんになり、つくばエクスプレスが通っている南流山までは15分かかる。2両で構成された電車は、地面と同じ高さに敷かれた路面を走る。
長袖のシャツがじっとりと肌に張り付く。6月とはいえ、20分も電車を待っていれば、暑くもなる。
ひんやりとした電車の中で、まばらな乗客の姿を横目に見ながら、座席に深く座った。
緩やかに巻いた長い髪の毛に、優しげな微笑みに胸を高鳴らせていた昨日までが懐かしい。
もう少し、というのはどれくらいを指すのだろうか。そもそも彼女の自分に対する友達の時計の針が動くとも限らない。
「あっつー」
その声に顔を上げると、どピンクの髪色が目に入ってきた。
「ラッキー、座れんじゃん」
ひとりごとがやけに大きい。まつ毛は大きく黒々しくカールしていて、爪はカラフルに着色されていた。爪はあそこまで伸びるのかと思うほどで、スマホをどうやっていじっているのかマジックを見せられているようだ。
正太の向かいに座ったピンクの髪の女性は、のんびりとした片田舎ではなかなかお目にかからない。現に、他の乗客たちもちらちらと視線をこちらに泳がせている。
電車が動き出すと、彼女は今気付いたというように、正太の方を向いた。咄嗟に視線を逸らせる。やましいことがあるわけではないが、無遠慮に見ていたのは事実だ。気を悪くさせてしまったかもしれない。
「あれー!」
ピンクの髪が大きく動く。ふわりと甘い匂いが鼻をくすぐるとともに、座席が沈んだ。
「ショーノだよね?」
「え、いや、ますの、ですけど」
「この前さー、ショーノのさー、ノート回ってきて、マジ助かったんだよねー」
まじサンキュ、と差し出された手を反射的に握る。面と向かってお礼を言われることは少ない。ギャルなら、なおさらだ。
「ショーノ、お昼食べたー?」
「マスノです。食べてないですけど」
彼女がケラケラと笑うと、ピンクの髪が揺れる。
「幸谷で、ハンバーガー食べよーよ」
自分でも目が丸くなるのがわかった。ピンクの髪が鮮やかに目の前で揺れた。
コロナ化で大学の授業はほとんどオンラインになった。その中で正太が痛感したのは、自分みたいな人間は価値を提示しなければ友人もできない、ということだった。
オンラインで目立つ人間には自然と人が集まるが、メガネに黒髪、細目でなんの特徴もない人間は、画面内で枠に押し込められた自分の間抜けな顔を見つめているしかない。
それでも、正太は持ち前の真面目さで、テスト前には重宝される人間になった。100人を超える同じ学科では、顔も知らないのに正太のノートのコピーを持っている奴も少なくない。律儀に声をかけてきた人間は初めてだ。
「あ、あたし、ミホ。国際学科1年」
3段に積み上がったトリプルベーコンチーズバーガーを頬張りながら、ミホは自己紹介をしてくれた。
「あれ、知ってた?」
「いや、普通の名前だなと思って」
何がおかしいのか、キャハハとミホが手を叩きながら笑い声を上げる。
「ギャルと名前が関係あるわけないじゃん」
そうだけど、とモゴモゴと口の中で答える。
まさか、自分が女の子とご飯を食べに行けるなどと思っていなかった。いや、行きたいと常々思っていて、それなりの努力をしてきたけれど叶ったことはなかった。
「ショーノも、今日大学だったん?」
喉をかき切れるくらいの長さの爪を器用に使いながら、ミホはポテトを口に放り込む。
「ああ、まあ」
煮え切らない答えは、今日大学に行ったのが、告白のためだけだからに他ならない。
「あたしはさー、鶴瓶に呼び出されてさあ。このままだと留年だから補講受けに来いって!」
笑福亭鶴瓶に似ている教授は、カンボジアでできた彼女が遠恋している間に結婚して子どもまでできていたのに、なぜか養育費を払っているという苦労人で、まだ40も手前のはずなのに顔が鶴瓶に似ているとそのあだ名がつけられた。今も貧乏くじを引き続けているらしい。
「補講出るの?」
その不憫な教授を思うと訊かずにはいられなかった。
「そりゃーさー、わざわざ対面で言ってきたんだから、行かないわけにはいかないじゃーん」
メールだと見ないのわかってんだよね、と意外にも自己分析ができていて、意外にも人情があるらしい。
「あたしはさ、向かってきてくれる人間には向かっていくタイプなんよね」
そんなに意外そうな顔をしていたのか、ミホがドヤ顔で言ってくる。そうか、と返すとミホは、三度キャハハと笑った。
「ショーノはさ、私に何かお願いしたいことあんじゃない?」
どういうことだろう。ポテトをするりと横から掻っ攫われる。
「ノートのお礼するよ」
新松戸のアパートに帰り着いたときにはどっと疲れていた。
インスタ交換しよー! え? やってないの? LINEでもいいけどー。
兎がウインクしているキャラクターがLINEの友達に増えている。mihoと書かれたアイコンがポンと上に躍り出た。思わず、LINEを閉じてしまう。即既読になったら気持ち悪いだろうことは、さすがにわかる。
ミホがいったい何を思ってあんなことを言ったのかわからなかったが、丁重にお断りした。
しようもないことを頼まれると思っていそうでもあるし、途方もないことを頼まれるつもりでありそうにも思えた。
もう一度スマホが震える。画面には、「愛香」と名前が出ていた。今日告白した彼女は、サークルがあるからと颯爽と大学に戻っていった。彼女はギャルでないし、ハンバーガーを3段で食べたりしない。
――今日は驚いちゃったけど、ありがとう。升野くんの気持ち嬉しかった。これからも仲良くしてね。
やはり、振られたわけではないのだろうか。かといって、OKをもらったとも思えない。
ミホのLINEは兎のキャラがちょこんとおじぎしているスタンプだけだった。ミホもこれからよろしくということなんだろうか。
自分みたいな人間には価値がないと友達はできない、という考えは恋人にも当てはまった。生まれてこの方、彼女という存在がいたことはなく、無償で向けられる愛というものに憧れを抱いていたものの、愛される努力は必要だと認識した。それが、他の人よりも多く必要だということだけだ。
好きだと感じたら、言葉にするようにしてきた。告白して振られて、また誰かを好きになって告白して。まるで、ルーティンのように繰り返しているこの行動が果たして正解なのかわからない。
――これを教えてもらえばよかったのかもしれない。
ギャルのミホは自分がこれまで関わったことの少ないタイプだけれど、話してみるに悪い人間ではないということはわかった。ただ、笑わずに自分の話を聞いてもらえるかは、正直自信がない。
どうしようもない問いを延々と頭の中で転がしていたら、いつの間にか眠ってしまっていた。
慌てて起きた時には、出なければいけないタイムリミットの20分前だった。急いでシャワーを浴びて、髪も整えずに出発する。
いつもは電車だけれど、間に合わせるために自転車で突っ走る。ほぼ、鰭ヶ崎駅までの線路沿いを走るので、電車と同じルートだけれど、何しろ待ち時間を気にしなくて良い分ロスタイムが短い。
途中、オレンジに青のラインの入った電車が横を通り過ぎていったけれど、乗った場合の時間よりは余裕をもって講義室に入ることができた。
コロナも収束して、大学は遅れた交流をしようと躍起になるかのごとく、生徒たちを学校に集めたがる。
今日は、鶴瓶先生の地域文化の授業だ。世界の民衆の生活だけでなく、人々をとりまく環境や他国との関係性を背景に、文化の形成論を学んでいく授業だが、このご時世フィールドワークでリアルに文化を体験しにいくこともできないので、映像を見てレポートを出したり、グループでひとつのテーマについて発表することが多い。
そのテーマ発表のグループを決定する日が今日だった。
「升野くん、一緒のグループになってくれない?」
グループになるものは苦手だが、これまで培ってきた価値により、楽になるからという理由で声をかけてもらうことはよくあった。けれど、まさか愛香から声をかけられるとは思ってもみなかった。
今日も緩くカールした髪から良い香りが漂ってくる。
「も、もちろん」
「よかったー。この授業、友達はとってなくてさ」
「そっか」
「あー! あたしたちもそこ入れてー」
気まずそうな雰囲気を壊したのは、バカでかい声とピンクの髪だった。
男2人と女1人を引き連れて、大教室の長机の合間を縫ってくる。
「え、誰ー? ミホ、知り合いなの?」
「あんたら、拝めよ。こいつがショーノだかんな!」
「うっそ! まじ、実在したんだ」
「やべー! 感謝! ありがとう! 俺、ショーノ君のおかげで、この前のテスト再試験にならずに済んだわ」
あまりの圧に、ああ、とか、はい、とかしか言えない。
「あ、ええと、藤沼さん、良いかな?」
「え? ああ、もちろん。よろしくお願いします」
愛香も圧倒されていたようだったが、そこは社交スキルの高い彼女のこと、すぐに受け入れ態勢を整え、女性陣たちと話はじめた。
え、マヤと友達なの? あたし、おなちゅー。マブダチ!
ええ、そうなんだ! マヤはサークルで会って、よく一緒に買い物行くよ。
うそー、今度誘ってよー。
打ち解けるスピードが早すぎて、もはや魔法感すらある。
「なあなあ、ミホとダチなん?」
あ、俺、コーキ。と金髪のイケメンが爽やかに歯を見せる。
「友達というか、知り合いというか……」
「まあ、ミホは知り合い全員マブダチってタイプだからな」
短髪に刈り上げたタンクトップの男は、クロ、と名乗った。
「俺、自分の名前好きじゃねえから」
「ハジメって言うんだけど、絶対金田一ってあだ名つけられるから、いやんなったんだとー」
コーキが人懐こそうな顔で笑う。
「まあ、慣れない人種かもしれないけど、ほどほどに仲良くしてよ。噛みつかないからさ」
「噛み付かれるとは思ってない」
コーキの目が少し開かれる。こういう時、気の利いた返事ができないから、自分には人を集める裁量がないのだと痛感する。
「いや、仲良くしてくれ。ついでに、俺はマスノだ」
また、余計な一言を付け足してしまって、心の中で舌打ちした。
今度こそ、コーキが声を上げて笑う。
「そっか、そっか! ごめん、でもショーノ君ってあだ名みたいなもんなんだ。許してくれる?」
「もう呼びなれちゃってるしな」
二人の返答のなんとスマートなことか。正太は、ああ、と煮え切らないような返事をして、また意味もなく凹んでしまった。
「はい、では、この班で実施するテーマについて発表します。A4レポート5枚と、プレゼン資料を来月末までに作成してきてください。どちらも提出対象です」
鶴瓶が顔に似合わずハキハキと発表テーマについて説明していく。
アジア圏内で1カ国選択し、その国についての歴史・文化史を踏まえて民衆の生活の変遷をまとめること。
どの国を選択するかをその授業内で決定することになった。
「やっぱ中国?」
「ひとりっ子政策の変遷はアツいけど、なーんかよくある感じするよねー」
「やっぱり、国として大きい方がいいか?」
「えー、でもインドネシアとか列島の国も捨てがたくなーい?」
コーキにミホにクロ、そして、ミホが連れてきた茶髪のショートの女性サキが、活発に議論を展開していく。
正直、あとは頼んだと言われることを半ば覚悟していたので、拍子抜けしてしまった。
「ねー、ショーノはどう思う?」
「あ、えっと、そうだな。ベトナムなんかは、今、経済成長率が高くて今後の民衆の生活の変遷がどう変わっていくかという考察もできそうだから、面白いかなって思ってるけど」
「ベトナムは多民族国家だから、民衆の生活にもいろんなタイプがありそうだね」
愛香が援護射撃のように、追加の情報を付け足してくれる。
「確かにな。シンガポールなんかと比較しても面白そうだな」
「じゃあ、ベトナムがいい人ー?」
ミホの掛け声に、みなが手を上げる。
「決まりー! ね、みんなでLINE交換しておかない? 集まってレポート作る時に便利だしー」
あの長い爪を装着した指で器用にスマホをいじりながら、テキパキとLINEのグループを作り上げていく。
次の日取りや皆で情報収集しておく項目を擦り合わせて、その日は解散になった。楽をしようと声をかけてきたのだろうと思った自分を殴り倒したい。むしろ、楽をしたのは正太の方と言っても、過言ではない。
「じゃ、みんなこれからよろしくー!」
それぞれ席を立った時、クイっと愛香に鞄を引かれた。
「ちょっと、良い?」
意識しているのかしていないのかわからないけれど、上目遣いに頷かない男はいないと思う。正太は愛香に連れられて、食堂へと足を運んだ。安さと量が正義の学食だ。それぞれ、料理を注文して席に着く。
「昨日は、ありがとうね」
「ああ、うん」
何か話題を広げろ、と心の中の自分は叫んでいるが、正直そんな雰囲気でもない。ごくりと息を呑んだ愛香が、ようやく口を開いたのは、たっぷり2分ほどは後のことだった。
「あのね。彼氏……てほしいの」
「え?」
彼氏、と聞こえた気がする。
「彼氏の、ふりをしてほしいの」
聞き返した正太に愛香は今度ははっきりと言葉を発した。
彼氏の、ふり?
「実は、付き合ってる人がちょっと歳が離れてて、親に、なんかパパ活してるんじゃないかって勘繰られちゃってて」
彼氏、いたの? という前に、俺が? と思わずにはいられない。それに。
「そんなことすると、彼氏さんをご両親にご紹介できなくなっちゃわない?」
「わかってる。でも、今、彼に出てもらうと、多分、こじれる」
だから、今日、正太に話しかけてきたのか。チクリと心が痛んだような気がして、鳩尾をさする。
「彼氏さんはこのこと……」
愛香が首を振る。知らないし、知らせないということなのだろう。
「なんで、俺……?」
説得力に欠けるのでは、という言葉はあまりにも自分が惨めになりそうで、喉の奥に押し戻した。
「……真面目な人なら、両親も安心してくれそうだから」
「でも、俺、藤沼さんといて、変じゃないかな?」
ふっと、愛香の肩の力が抜けたように感じた。
「変じゃないよ」
それに。
「今日はなかなかカッコいいよ、升野君」
その言葉は、両親以外に言われたことのない言葉だった。しかも、女の子には。
カッコいい。
嬉しかった。
「お礼はします! お願いします」
だから、愛香の必死さも相まって、彼氏のふりを承諾してしまったのかもしれない。
「あ、来たきた」
駐輪場には、なぜかミホが正太の自転車にまたがって待っていた。
「何か、用があったか?」
慌てて、スマホを見るが、特に連絡が入っていたわけではなかった。
「んーん。一緒に帰ろうかと思って」
その言葉がうまく飲み込めず、黙っていると、ミホはキャハハと笑い声を上げた。
「いーじゃん、ニケツしたってー」
「だめだ。交通法で決まっている」
自転車を押しながら帰るという正太に、ミホがブーブーと文句を言う。確かに、道路はこれでもかと言うほど広いが、車も多い場所で、危険行為をするわけにはいかない。
「まあ、あたしは良いけどさあ」
ミホは意外にもスニーカーだ。ギャルは全員ヒールなのかと思っていた。率直にその疑問を伝えると、足痛いから無理、と何が面白いのかまた笑い出した。
「そーいやあさあ、ショーノ、アイアイになんかお願いされたでしょ」
「アイアイ?」
「藤沼愛香に決まってんじゃん」
どう考えても決まってないが、むしろ会ったその日にあだ名をつけていることに衝撃を覚える。どういう壁の越え方をすれば、相手のテリトリーにそんなにも容易く侵入できるのだろう。
「お願いではないな」
どちらかというと依頼に近いような気がする。
「たとえ、お願いされていたとしても、他人には言わない。それが、お願いされた方の礼儀だ」
そうだよねえ。ショーノはそうだよねえ。
ミホが納得したのかしきりに頷く。
「じゃあ、ここからは独り言だから、適当に聞き流してー」
承諾するものでもないと、正太は無言を貫く。
「やっぱりさあ、親にいくら心配されよーと、自分の好きな人をちゃんと紹介したいじゃーん。ましてや嘘つくなんて、後で絶対後悔するよー。今回、紹介できないのに、3年後紹介できんの?って思うじゃん」
あんまり良い解決策じゃないと思うんだよね。
ミホが大きく伸びをしながら、正太の前に立つ。
「あと、もうひとつ、秘密知ってるんだー。あたしは、こういうやつだから、しゃべっちゃう。アイアイの彼氏は──」
太陽が沈み始める。夕陽にピンクの髪が映えて、新しい神様のようにも見えた。
愛香と待ち合わせたのは、次の週の土曜日だった。東京に住んでいるという家族と食事をする。その名目で、池袋まで出てきていた。
「升野君、今日はありがとう」
ワンピースに身を包んだ愛香は、心なしか緊張した顔をしている。
「ううん、ご両親はもうレストランにいるんだっけ?」
「うん、久々にデパートで買い物するって、早くから来てるみたい」
正太もスーツとまではいかないが、襟付きの服でなるべく清潔感を出してきた。髪の毛はあの日から無造作に整えることにしている。
「そういえば、ご両親の写真ありがとうね。おかげでシュミレーションできた」
「ううん、あんなのしかなくてごめんね」
エレベーターで階層を上がりながら、愛香の後ろ姿を見つめる。これから彼氏のふりをしてもらうというのに、隣に並ぶということはない。
レストランの前に着いて名前を告げると、ウエイターに席を指し示された。ちょうどご両親の背中が見える。半個室のような形になっているけれど、角度的にはご両親の前に座っている人の顔もしっかりとこちらに見えた。
「え、嘘」
愛香が口に手を当てている。その肩をそっと席の方に押し出した。
「升野君?」
「勝手なことしてごめん。でも当事者の人も知っておくべきだと思ったんだ。そうしたら、あの人は自分でご両親に話して認めてもらうって言ってたよ。藤沼さんとのことは遊びじゃないって」
愛香が信じられない、という顔をして首を振る。
「自分の両親には、自分の好きな人を紹介したいよね」
正太の言葉に、愛香が目に涙を溜める。人知れず、つらい思いもしてきたのかもしれない。
「大丈夫、歳の差なんて関係ないよ。だって、あの人は良い人だし」
もう一度、背中を押すと、一歩愛香の足が出た。こちらを振り向くので力強く頷く。
目を拭き、背筋を伸ばし、愛香は前を向くと歩き出した。彼女が視界に入ったのか、鶴瓶の、くしゃくしゃの笑顔がはじけた。
――ほら、あたしにお願いしておけば、アイアイとくっつけることもできたのにさー
LINEで報告すると、秒で返信がきた。ミホがどうしていろいろな情報を知っているのかは、あえて聞かないことにした。
――まあ、よかったよ。ありがとう。
――お礼はまた今度だね!
ピコンとお辞儀した兎のスタンプが送られてくる。これからもよろしく! 続けて文面も送られてくる。
ピンクの髪の毛がまた揺れているのが見えるようだった。
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