1人が本棚に入れています
本棚に追加
斉木が個室に入ってきたとき、道永は大いに歓待してくれたが席から立ち上がって出迎えたりはしなかった。相変わらず上から目線な態度かと思ったが、時間が経つにつれて立てないほど体調がよくない可能性に気づいた。
「ここ最近、急激に体が衰弱している」
斉木は真っ先に「癌か?」と尋ねた。
苦笑しながら道永は首を横に振る。男性にしては細い指で。人差し指で胸を突いた。
「心臓だよ。特発性拡張型心筋症。心臓の機能が著しく低下しているんだ」
血液を送り出すポンプの役割を果たす部分が不具合を起こすことが増え、左心室にも異常をきたしてしまう。自覚症状が出てから半年間仕事から離れているが、症状は悪化していると道永は説明した。
「これまで病気知らずで生きてきたから、正直ショックだったよ。主治医には移植が必要になると言われた」
「移植って……心臓移植か?」
深刻な状況に、斉木もさすがに同情してしまった。
移植希望者は登録されたリスト順に心臓移植のチャンスを待つと報道で知っていた。だが、移植できる心臓が手に入るということは、誰かの死または脳死を意味している。そう簡単に順番がまわってこないのが実情だ。
道永に関して言えば金銭的な問題は障害にならないはずだ。
「おまえの家は、いざとなれば親だって助けてくれるだろ」
「必要なのは他人の健康な心臓だよ」
道永はまた一口水を飲む。もう少しでデザートが運ばれてくると黒スーツの男が報告に来た。金の工面など当然とばかりだ。また親が金を出すことを当たり前だと信じているのも道永らしい。
「親の援助があるのはありがたいものだぞ。少しは親の感謝しておけよ」
「斉木、おまえの両親はもう亡くなっているんだよな?」
大学を卒業する直前に父親が心筋梗塞で亡くなり、母親は斉木が三十路になってすぐにくも膜下出血で倒れこの世を去った。葬儀はごく身近な親類だけで執り行ったため両親の死を知っているのは地元の人間くらいだった。道永の耳に届くほどの情報ではないはずだが。
「田崎から両親のことを聞いたのか?」
「いや、調査結果を読んで初めて知ったんだ」
「調査?」
何を調べたのか問い質す前に、店員がデザートを運んできた。斉木の目の前に置かれたのは桃のシャーベットだった。
最初のコメントを投稿しよう!