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三条心一は、駅に向かう途中でクラスメイトを見つけた。榊メイ。歩道のベンチに日傘をさして座っている。
「あ、榊さんおはようーどうしたの、こんな朝早く」
「……アンタこそ、何その格好」
三条青年は、マスクこそしてないが、いつもかぶってる真っ赤な帽子、腕をまくった長袖シャツにガッチリ目のズボンと靴、デカいリュックという姿だ。暑苦しい。
「六文稲荷の宮司からお許しが出たから、裏の斜面に化石掘りに行くんだ。草むら歩くから虫よけに少し厚着。あそこは白亜紀の…」
「そう、よかったね。いってらっしゃい」
三条の化石の話は長くなる。メイは会話を適当に打ち切った。三条も当初の会話を思い出す。
「榊さん、こんな朝から何してんの? 七夕まつりは中止だよ。それに顔赤いよ、暑いんじゃないの?」
メイのマスクの下の顔は真っ赤だ。元々体力がない。心配だった。
「違う……さっき、化け物に近寄られて」
榊メイ。元々、地元の霊能者の家系だったが、いつしかその能力も薄れ、一部を除き普通に暮らしていた。
だが、彼女には中途半端に能力が発現した。
霊的なものの姿を捉えることはできない。勿論、祓うこともできない。
しかし「それ」が近づくと、身体は反応する。
いつも浄霊の玉を身につけているが、それでも強い霊が近寄ると体調を崩す。
「家の近くを通ったんだと思う。ずっと気持ち悪くて……急いで逃げてきたのに、なかなか治らない。付いてきてるのかも」
「君のおじさんに連絡したら? 事務所この近くだよね」
「嫌よ、こんな朝からイヤミ言われるの」
榊幽玄。強い疳の虫を使役する霊能者、一族の一部の暗部。
メイの能力が分かるまで、幽玄とその母は一族から毛嫌いされていた。その軋轢がある。
「三条君、何がいるかわかんない?」
「…僕はもう、見えないから」
「役に立たないわね」
三条は少し遠い目をした。
「とりあえずマスク外したら? やっぱり顔赤いよ。熱中症じゃない?」
「うるさい、もうほっといてよ。
…あんたはいいよね、元気だから山だの海だの行けて、お化けに困らされることも無くなってさ。化石があれば休校中も、ひとりでも、全然平気じゃない」
いつも体調の悪い身体を引きずって生きる悲しさと、誰にも理解されない悔しさが、急に溢れ出した。
「私は嫌。この身体も、この能力も、一族もアンタも、コロナも自粛も中止も何もかも、もう嫌!」
三条は、メイの向こうに視線をやりつつ、言った。
「確かに僕は化石好きだけど…ひとりが好きなわけじゃ、ないよ」
メイは顔を上げた。
「クラスの人や、資料館の人達や、化石掘りの友達や、いい崖が敷地内にある人や…色んな人と話すのは好きだし、休校中は家で色々あったし、お化けが見えなくなって寂しいし、化石でも嫌なことだってあるよ」
三条の視線が少し横に動いた。
「榊さんは体調崩しやすいし、しんどいことが人より多いから、そうやってイヤになるんだろうけど……他の人は楽に生きてるんだろう、って決めつけるのは、少し違うと思う」
珍しい三条からの小言に、メイは素直に反省した。
「…ごめん」
メイの後ろから、何か音がした。
機械にお金を入れる音。バン、と軽く自販機を叩く音。
「好きなの飲め、お前ら」
聞き覚えのあるその声に、メイは戦慄した。
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