これから

1/1
前へ
/1ページ
次へ
「ねえどうして、どうして別れようなんて言うの?」  彼女が聞いても俺はうまく答えられない。俺の言葉が彼女に届かないことはもうこの三年でよくわかっている。届かない言葉をどうにか届けようとすることに疲れてしまった。いや、諦めてしまった。だから俺は今何も答えられないでいる。 「私に、悪いとこがあるなら直すから」  その言葉が意味をなさないことは一年以上前から知っている。言葉が届かないんだから悪いところを言ったとしても届かないのは当然だろう。  だから俺は別れるという選択肢しか提示できない。  彼女はこの問答を無駄だと思わないのだろうか。最近はほとんど話さなくなっていたからこれだって予想できていたかもしれないのに。  別れ話から数週間経った。その日別れる間際まで彼女はずっとどうしてと言っていたけれど、そこからは多分無理矢理ついてくることもなかったし、それ以降連絡もしてこない。というより連絡に一番使っていたラインはアカウントを消してしまったようだ。彼女とのトークのアイコンが消えていて不思議に思って見てみたらそう表示されていた。そこまでするのかと驚いたけれどこちらとしては少しありがたい。  その俺の目下の悩みは新しい彼女を作らないのかという友人たちのせっつきだ。多分俺の性格とかそういったところから三年もつきあった彼女と別れたことを心配してくれてるのだろうとは思う。けれど俺は彼女とつきあうことで疲れてしまって新しく彼女を作ろうという気にはしばらくならなさそうだ。  それなのにそのうちのあまりにもおせっかいなやつから合コンに引っ張られて来てしまった。今は気分じゃないので適当に自己紹介を切り抜けた後は隅でできるだけ話さなくて済むように一人で飲んでいたけれど、そこに無理に話しかけるでもなくただ何かつまむものが足りなさそうなら頼んでくれて飲み物がなさそうなら声をかけてくれる人がいてくれた。その人のことが恋愛的な意味で気になるわけではないが、ただ頼んでくれたつまむものが俺の好みだったりなんだりというところで少し気になった。けれどそれが何を意味するかなんて思いつかないから偶然だろう。  最後に二次会という流れだったがさすがにそこまでつきあう義理はないだろうと思って帰ることにした。俺のそばにいた人も帰ることにしたようで最後に連絡先の交換を提案された。別にいやだと思うこともなかったので了承して、その人はスマホを取り出し右手で左の髪を左耳にかけ少し首をかしげながら口元に手をやる。その仕草に見覚えがある。彼女だ。彼女の癖だ。俺の動揺に気付いたその人は手を見てそれでいつもの動きをしてしまったことに気付いたようだ。動けないでいる俺の耳元に口を寄せた。 「これからも、よろしくね」  顔も声もラインのアイコンも名前も違うけれど、癖が同じで何よりこれからもなんて。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加