みざる・いわざる・きかざる

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 私は知らないフリをすることが得意だ。  呆けていた祖母が自分に火をつけたことも、若い女と浮気していた父親が階段から落ちてひしゃげたことも、精神を病んだ母親が庭の木にぶら下がっていたことも、まだ歩けもしなかった弟が古井戸に浮かんでいたことも、よく様子を見に来てくれた叔母が偶然出くわした空き巣に刺されたことも、仲良しだった友達がある日突然行方不明になったことも、唯一残された飼い犬が庭の古びた社にしきりに吠えていたことも、全て知らないフリを決め込んできた。  だって、ダメなのだ。気づいてしまった時点で、もうお終いなのだ。    だから、私は今日も知らないフリをする。  魚が腐ったような匂いを撒き散らし、冷たくなった飼い犬の骸を覗き込みながら、「これからもよろしくね。これからもよろしくね。これからもよろしくね」と呟き続ける化け物の姿なんて、私は何も知ら——
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