触手話

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 近くの乾いたベンチにまで誘導し、恩巳を座らせる。障碍者体験と称せど、男女二人が腕を組んで人前を歩くのは、心情として憚られるものがあった。が、それはそれで意気地なしだったかもと葛藤している。  これが、もし隣を歩くのが本当の視覚障碍者だったら、そんなことは言ってられない。相手が恩巳だから、そう意識してしまうんだ。  恩巳は俺の事をどう思っているのだろう。学部学科も同じ。サークルも同じ。住んでいる場所も近いから、よく一緒に行動している。「お前等それで付き合ってねえのか」なんてダチから呆れられもするが、変なこと言って関係を拗らせるくらいなら、俺は今のままで良い。今のままでもいいんだ。 「恩巳、大好きだよ」  通常の声量ならやはり聞こえないらしい。 「指文字するからさあ、触手話で当ててみてよ」  恩巳は今からじゃんけんでもするかの様に、指の体操を始めた。 「俺、見えてるから触る必要なくね?」 「じゃあ、目え瞑って」 「ったくマイペースだなあ」  溜息をカモフラージュさせた深呼吸をして、俺は恩巳の右手を優しく包んだ。 「なんか……緊張するね……」  言うな。押し殺してんのに。俺の頬をグリグリしてた奴が何言ってやがる。  恩巳の右手をパシパシ叩いて急かしてやった。 「分かったって」  恩巳はスタートの合図も無く、俺の両手の中で右手を踊らせた。 「……4文字!?」  なるべく声量を絞れるよう、恩巳の耳元で尋ねた。頷いているが、何を指しているのかよく分からない。4文字ということは、少なくとも「めぐみ」「あつし」ではない。 「もっかい行くね」  再度、両手の中で蠢く恩巳の右手を読み取った。近しいワードは思い浮かぶが、特に深い意味は無さそうだ。 「たいやき!?」  恩巳は項垂れる。どうやら違うらしい。 「たいせき!?」  激しく首を横に振る。解り易い反応だ。 「だいふき!?」 「ん~~~~~」  残念そうに唸っている。惜しいということなのだろうか。  何度も触手話を試し、他のワードを考えてみた。思い当たる言葉があるが、それは既に口にしている。……まさか、本当に? 「正解は何!?」 「よ、4文字くらい自分で調べろー」  俺の大きめの声に応酬する様に、恩巳はやっつけに答える。  それを調べるくらいなら、俺にはもっと頭に入れなくちゃならない事がある。 「悪いけど、小テストヤバいから、もう行っていいか?」  俺は恩巳の右手を離して立ち上がった。一度離した右手は、縋る様に両手で摑んできた。 「最後最後! 手書き文字ならわかるでしょ?」  俺が振り(ほど)くよりも早く、恩巳は俺の掌に人さし指をなぞり始める。  さっきと伝える言葉が違う。明らかに文字数が増えている。漢字も交っているみたいで、完全には読み取れなかった。  手書き文字だけだったなら。
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