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外の庭には、鹿威しが設置されているらしい。カコンという音が時々、障子越しに聞こえてくる。
いぐさの香りが鼻をくすぐるような、立派な畳敷きの和室だった。
茶色い木製テーブルを挟んで座っているのは、よもぎ色の着物に包まれた黒髪美人だ。
自分がここにいるのを、ひどく場違いに感じてしまう。しょせん僕は一介のプログラマーであり、人間よりもパソコンと向かい合って過ごすのがお似合いなのだから。
そんな僕に対して微笑みながら、彼女が唇を動かした。
「それで……。そういちろうさんのご趣味は?」
いかにもなセリフを耳にして、僕は一瞬キョトンとする。
あらかじめ伝えてあるはずの情報だ。わざわざ改めて尋ねる必要もないだろうに……。
でも、これが様式美なのだろう。
「ええっと、趣味というより特技というか何というか……。とにかく絵画ですね。特に写実的な人物画を得意としておりまして……」
ちょっと緊張しながら答えた後、ふと気が付いた。こういう会話は、一方的では失礼にあたるかもしれない。だから慌てて付け加える
「そちらのユキコさんの方は、確か作曲ですよね? 素晴らしい音楽をお作りになられると聞いております」
「あらあら。しきたりによれば、それって私の口から告げるべき話じゃないかしら」
「あっ、すいません。どうもこういう席は不慣れで……」
「いえいえ、お気になさらず。でしたら、早々に切り上げましょうか。ほら、これも……」
僕と同じくプログラマーのはずなのに、彼女は慣れているようだ。ならば向こうのリードに任せよう。
「……昔からのしきたりに則ったパターンでしょう? 『あとは当事者同士で』って」
そう言い残すと、スーッと和服美人の姿が消える。
その様子を見倣って、僕も急いでログアウトするのだった。OMIAI会場として用意された仮想空間から。
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