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新しい住居は、小さな木造建ての一軒家でお世辞でも綺麗とは言えない年季の入った住宅だった。寂れた住宅街の隅の小さな家に、車で直々運んできた荷物を押し込んで、ふうと息をつく。キャリーケースに詰め込んだ小さなマスコットを窓辺に飾り付けて、小さく笑みがこぼれる。誕生日に故郷の友達から貰ったものだった。  私の部屋は階段を突きあたった正面で、前に比べると広くなった自分の敷地に少し胸が弾む。持ってきた服を広げ、クローゼットに掛ける。見慣れない制服が私の心をくすぐった。新しい環境へ飛び込む不安。それを遥かに超えて、楽しみが勝っている。胸元の赤いリボンが私に微笑んでいた。  ヴィリスに到着してから数日。慣れない人混みに右往左往しながらも、この街の繁栄加減を理解し始めていた。二時間に一本だったバスは、この街では二十分毎にバス停へ巡り、駅のホームは幾つもある。いつ駅に踏み入ろうとも、どこかで電車が止まっている。そんな光景が私には怪奇に思えて仕方が無い。  街行く人々はそれぞれのお洒落を楽しんでいて、ファッションのファの字を語るのも烏滸おこがましい私には些いささかその余裕が羨ましく思えた。  そんな私も今日からはこの街の一員なのだと、濡れた頬をパンと叩いて一呼吸。紺色のブレザーに腕を通して、丁寧に鮮やかな赤のリボンを身に着ける。不自然に傾いたリボンを直すと不思議と心が落ちつくように感じた。「大丈夫」、そう自分に言い聞かせて黒いローファーに足を沈める。タンタンと軽快な足取りで玄関を飛び出して一言。 「いってきます!」  返ってくる言葉は無い。父はもう依頼で目的地に出向いている。飛び出した数歩分をそそくさと後ずさって、扉はガチャリと硬質な音をたて鍵がかかった。軽やかだった足取りは泥沼に足を取られたかのように動かなくなっている。
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