#0

4/4

3人が本棚に入れています
本棚に追加
/34ページ
 駅の改札を抜けて、赤いリボンを揺らしながら数分の道のりを歩く。私の足は元の軽やかさを取り戻していた。  階段をテンポ良く駆け上る。職員室の扉を開いて担任を呼ぶ。言われた通りに廊下で階段を更に上っていく生徒たちを眺める。楽しそうに友人と話す人、退屈そうにただ足を進める人。十人十色というには個性がないけれど、全く同じにも見えないその光景が何だか別世界の出来事のように思えた。  暫くして出てきた担任は何の感情もない表情で私を教室まで案内する。ちらりと教室を覗くと、すでにがやがやとした空間がそこに出来上がっていた。  そこに余所者が入り込む隙間なんてあるのかと臆病になってしまうような、ありもしない結託。心底の不安が見せる幻覚だった。  ガラリと扉を開けて何度も脳内でシミュレーションした通りに言葉を綴る。 「父の仕事でアドユーサルから引っ越してきました。ルナです。よろしくお願いします!」  物珍しそうな視線が幾つも刺さる。いや、それすらも私が作りだした勝手な幻想かもしれない。  窓辺の後ろを勧められた私は、薄い光の差し込む席に着いてほっと息をついた。担任の話が終わると、今まで息を潜めていたクラスメイト達はわぁっと息を吹き返すようにして教室にざわめきが戻る。 「こんな時期に転校なんて珍しいね」 「お父さんの仕事って何?」 「次の教室移動一緒に行こうよ!」  ざっと流れ込む急速な情報全てに対応することなんて到底できずに、私は相槌を打つのに精一杯だった。話しかけてくれた子達は仲良くしてくれたし、ここからきっと困ることは無いと直感した。  何不自由のない新しい生活がここから始まった──否、始まるはずだった。
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加