1話 塾の先生

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「さっきのおばさん凄かったね」 面談の後、トイレの個室で用を足していたら、若い女性の声がした。 「倉田先生の担当している子のお母さんでしょ? 汗だくで入って来て、受付でいきなり汗拭きシートで拭きだしたよね。うけるんですけど」 あははともう一人の笑い声がする。 汗拭きシートって私だ。 気づいた途端、居心地の悪さに胃が締め付けられる。 そう言えば受付に大学生ぐらいの女の子が二人、座っていた。忙しそうに電話応対をしていたけど、見てたんだ。 「あんなのが自分の親だったら恥ずかしいよね。息子、かわいそう」 私、誠に恥をかかせていたんだ。 カアッと顔中が熱くなる。 もし、あの場に誠の友達がいたら、誠、からかわれたよね。幸い、受付の子たち以外の姿はなかったけど。でも、誰がどこで見ているかわからない。窓の外からだって見えていたかも。 やってしまった……。 「年を取るとデリカシーってなくなるのかね。おばさんて言うよりもおっさんだったよね」 おっさん……。 胸の中がどんどん重くなる。
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